黒籠アリス7
咲いているバラはどれも白かったけれど、その場にいた三人の庭係のトランプたちがそれらをせっせと赤く塗っている。
黒子がその不思議な光景を見学しようと近寄っていくと、庭係たちが話すのが聞こえた。
「おい、気をつけろ、5! こっちにペンキを跳ねさせるな」
「仕方ねえだろ。7がオレのひじを突っつくんだから」
「よく言うぜ! 5は、いつも人のせいにしやがって」
ふと、一人の目に黒子が映り込んで、ぴたりと口を噤んだ。
ほかの二人も振り向いて、みんなで深々とお辞儀する。
「少し聞いてもいいですか?」
辞儀を返してから、黒子は訊いた。
「どうして、バラに色を塗っているんでしょう」
5と7が黙って2を睨む。
2が小さな声で、
「実は、この木は赤いバラでなきゃいけなかったのに、手違いで白いのを植えちまったんだ。女王にバレたら、オレらは首を切られちまう。それで、みんな必死になって女王が来ないうちにやれることを……」
この時、庭の向こうを注視していた5が叫んだ。
「女王だ! 女王だ!」
庭係のトランプたちは、慌ててペタリと地面に這いつくばる。
大勢の足音が聞こえてきて、黒子はそちらを振り返った。
最初にやって来たのは十人の兵士で、それぞれに棍棒を持っていた。
その後は、廷臣や王家の子供たちなど。いずれも二列になって歩いて来る。
大行列のしんがりは、ハートの女王だ。
そのハートの女王の顔を見て、
(召使いの方を見た時から、そうだろうと思ってましたよ)
と、黒子は胸中で呟く。
女王の顔は、元チームメイトのキャプテンとそっくりだった。
黒子は庭係たちのように平伏すべきか少しだけ迷い、結局は立ったままでいた。
大行列が黒子の前まで来ると、みんな立ち止まって黒子に目を向ける。
天帝……ではなく、女王(王?)が厳しい口調で尋ねた。
「彼は何者だ?」
訊かれた赤のジャックが、ただお辞儀して微笑を返す。
その顔が相棒とそっくりなのを見て、黒子は心底驚いた。
(こっちは想定外でした……!)
驚いて固まる黒子の前に、女王が見下すような目でやって来る。
「キミの名はなんだ?」
黒子は女王に向き直り、
「黒子テツヤといいます」
女王はバラの木の周囲に目を移し、平伏している三人の庭係を指さした。
「それで、彼らは何者だ」
「ボクが知るはずないでしょう」
黒子の返答が気に入らなかったらしく、女王は鋭い目を黒子に向けてくる。
「頭が高いぞ」
女王が片手を黒子の肩に伸ばしてくる。
その手が触れる前に、傍らにいた男が女王の腕にそっと手を置いた。
「やめとけ。まだガキじゃねえか」
女王を諭した男の顔を見て、黒子はハッとする。
男の顔は、元チームメイトの先輩で、新型のシックスマンと称された人にそっくりだった。シックスマンとして旧型呼ばわりされたことがある黒子にとっては、ライバルの一人だ。
(というか、この人いたんですね……!?)
新型センパイの影の薄さに黒子は驚愕する。
服装や役割から察するに彼はハートの王なのだろうが、影が薄すぎて、今の今までその存在に気づきもしなかった。
見渡すと、周囲のトランプ兵たちも同じようだった。黒子の相棒そっくりの赤のジャックまで驚いた顔をしている。
(――この世界では、新型センパイのほうが影が薄いんでしょうか……)
黒子は若干悔しく思う。
(というか、ボクの影の薄さのほうは、ここではまったく発揮されていないような……)
そこまで考えて、さらに悔しくなった。
新型センパイから視線を外した女王が、不機嫌そうな顔で赤のジャックに命じる。
「彼らをひっくり返せ」
赤のジャックが三人の庭係のもとへ行き、彼らをひっくり返す。
「立て」
女王が低い声で命じた。
途端に庭係たちはパッと飛び起き、王族その他へ向かってお辞儀し始める。
「やめろ。――お前たち、白バラを赤に偽装していたようだね」
庭係の不正を見抜いた女王が、冷たい声で告げる。
庭係たちが、ヒッと悲鳴を上げた。
黒子は女王と庭係たちの間に入り、背中に庭係たちを庇う。
「……キミは、クロケーはできるのか?」
庭係たちへの興味を失くした女王が、黒子に尋ねる。
「バスケならできますが、クロケーはできません」
黒子が答えると、
「では、ついて来い」
と女王。
まったく話が噛み合わない。
仕方なく、黒子は物語通りに行列に加わることにした。
「あれ。そういえば、公爵夫人はどうしたんでしょう?」
黒子の独り言に、赤のジャックが答える。
「公爵夫人は今、檻に入れられてんだ。女王に殴りかかっちまったからな」
小声で教えてくれた赤のジャックに、「そうなんですか」と黒子は応える。
相棒の兄貴分は、この世界でもエレガントな顔して、ヤンキーな気質のようだ。まさか、あのレッド・エンペラーに殴りかかるだなんて。
「位置につけ!」
女王が低く響く声で命じる。
一同が四方八方に駆け回り、ものの数分もすると所定の位置について試合を始めた。