黒籠アリス8
黒子は意識して周囲の視線を自分から外し、影を薄めてその場を観察する。
クロケーのボールは温厚そうな表情のピンクのハリネズミと、眼鏡をかけた緑のハリネズミで、そのボールを打つ木槌は黒子の先輩によく似た顔のフラミンゴだった。
トランプの兵隊たちが、四つん這いになって体を弓なりに曲げ、ボールをくぐらすアーチの役割をしている。
(先輩によく似た顔のフラミンゴでクロケーなんてしたくないですし……。そもそも、クロケーのルールを知らないんですよね……)
黒子が途方に暮れていると、空に何か変なものが現れた。
初めは何なのか分からなかったけれど、しばらく眺めているうちに、それが見覚えのあるニヤニヤ笑いであると分かった。
「チェシャ猫さんですね」
黒子の呟きに、チェシャ猫が言葉を返す。
「やっほー。上手くやってる~?」
口元だけ見えていた猫の顔が完全に現れるのを待って、黒子は頷き、現状を説明した。
猫は顔をすべて現したものの、体まではそうするつもりはないらしい。
「女王ちんは、どう~?」
猫が小声で尋ねる。
黒子は背中に女王の視線を感じながら、
「……絶対は女王サマですよ」
とお世辞を言った。
女王が満足気に笑い、その場を去るのを黒子は脇目で見る。
「お前は誰と話してんだ?」
ハートの王が黒子に近づいてきて、物珍しそうに猫の顔を見ながら訊いた。
「ボクの友だちのチェシャ猫です」
黒子が紹介すると、王は不満げな様子で溜め息を吐く。
「なんだ、男か。猫耳の二次元美少女なら良かったのに」
「何を言ってるんですか、あなたは?」
黒子のツッコミを無視して、王は女王に声を掛ける。
「おい。でかい猫が潜り込んでるぞ。追い出さなくていいのか?」
女王はこちらを一瞥すると、そばにいた小柄な黒髪のマネージャーに何かを命じた。
試合の場を振り返ったついでに、黒子はゲームの進行具合を確かめてみる。
ピンクのハリネズミと緑のハリネズミが喧嘩していたり、フラミンゴが庭の遠くでネタ帳らしきものを広げていたりで、まるで試合になっていないことだけは分かった。
しばらくすると、女王が誰かを連れて、こちらに向かってくる。
「ほら。公爵夫人は解放してやるから、お前もうちに帰るといい」
女王がそう言って猫にお菓子を渡すと、猫は満足そうにお菓子を咥えて、フッと姿を消した。
いつの間にか、周囲で成り行きを見守っていたトランプ兵たちも、皆一様に試合へと戻っていく。
「……こっちの天帝も、自分に従う者には割と甘いんですね」
黒子の呟きは、幸いにも女王の耳には届かなかったようだ。