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黒籠アリス9

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「やあ。また会えて嬉しいよ」

 そう言って、公爵夫人は親しげに黒子の肩に手を置いた。
 そのまま、二人は一緒に歩き出す。

 公爵夫人がご機嫌な様子なので、黒子は内心ホッとした。
 台所で会った時の彼……彼女? が嘘のようだ。
 しかし、たわいない会話をしながら、時々、顔を近づけてくるのには閉口した。
 帰国子女の距離感なのか何なのか分からないが、あまりその端整な顔を近づけないでほしい。相棒の大事な兄貴分(と同じ顔)と分かっていても、「爆発してください」と言いたくなる。

「試合は、さっきよりマトモになったみたいですね」
「そのようだね。ここから学べる教訓は――Don\\\\\\\\\\\\\\\'t expect life to be fair」
「すみません。仰ってる意味がまったく分かりません」

 黒子が公爵夫人と会話を続けていると、公爵夫人が突然ぴたりと足を止める。
 黒子が顔を上げると、二人の前に、女王が険しい顔で腕組みして立ちはだかっていた。

「――お日柄もよく、女王様」

 公爵夫人が恭しく挨拶する。

「よく聞くといい」

 女王が威圧的な態度で告げた。

「さっさとチェシェ猫のところに帰るか、僕の前に跪くか。二つに一つだ。選べ」

 公爵夫人は、やれやれと肩を竦め、自分の家に帰るほうを選択する。

「さあ。試合の続きだ」

 女王が黒子に言うので、黒子は女王の後を追って試合場所へ引き返した。
 いつの間にか、女王のいない間に休んでいた一同が、慌ててクロケーの試合を再開する。

 試合の間中、女王がほかのメンバーにアンクルブレイクをかましていくものだから、心折られた者から順に、がっくりと肩を落として膝をつく。
 三十分もすると、女王と王と黒子のほかは誰も立っていなかった。
 試合をやめた女王が、ふうと息を吐き、黒子に訊く。

「ウミガメモドキには、もう会ったか?」
「いいえ。そもそも、ウミガメモドキを知りません」
「なら、ついて来るといい。本人に話をさせるといいだろう」

 黒子が女王と一緒になって歩き出すと、王が小声でほかのメンバーに「今のうちに帰れ」と命じるのが聞こえる。
 女王の耳にも届いていそうなものだが、どうやら黙認しているらしい。


 歩いていくと、二人はすぐにグリフォンに出くわした。グリフォンは日向ですやすやと寝ている。

「起きろ、怠け者」

 女王が言った。

「テツヤをウミガメモドキのところに案内して、身の上話を聞かせてやれ。僕は帰る」

 女王は黒子をグリフォンの前に残して、すたすたと去っていく。

 黒子は目の前の異形のものをじっと眺めた。
 グリフォンが身を起こして目をこすり、女王の姿が見えなくなるまでその背中を見つめる。女王の姿が消えたのを確認すると、黒子の知った顔と声で言った。

「こっちです。スイマセン」

 グリフォンの案内に従って歩いていくと、程なく、遠くの巌の小さなでっぱりに、ウミガメモドキがぽつんと座っているのが見えてくる。
 眼鏡の奥の細い目を光らせて、こっちを見ているように思えた。

「なんか、あの人こっち見てません?」
「ああ。あの人、サトリなんです。スイマセン」
「ウミガメモドキではなくて?」

 ウミガメモドキのもとに辿り着くと、彼は底意地の悪そうな目で黒子を射抜いた。

「こちらの方が、ウミガメモドキさんの身の上話を聞きたいそうです」

 グリフォンが言うと、ウミガメモドキは眼鏡の奥の目をにんまりと細める。

「お聞かせするで。二人ともそこに座ってや。ワシが話し終わるまで、静かにしとかなあかんで」

 そこから、ウミガメモドキの長い長い話が始まった。
 時々、黒子が口を挟んだり、グリフォンが「スイマセン!」と叫んだりする。
 長々と話をしたあとで、グリフォンが意外にも棘のある口調で言った。

「そろそろ飽きてきたんで、この子に遊びでも教えてあげませんか?」
作品名:黒籠アリス9 作家名:涼.