黒籠アリス11
ジャックは鎖に繋がれて前に引き出され、両脇をムキムキな兵士とチーターっぽい兵士に固められている。
王の傍らでは、時計を提げた2号が立ち上がり、片手にラッパ、片手に羊皮紙の巻物を持っていた。
法廷の中央にはテーブルがあって、林檎のタルトを盛った大皿が乗っている。とても美味しそうなタルトだ。
けれど、黒子はバニラ以外のスイーツには然程興味がないので、きょろきょろと辺りを見回してみる。
(誰がタルトを盗んだか、でしたっけ)
物語を思い出しながら、黒子は考える。
周囲にいるのが、ここに来てから見知った顔ばかりなので、少しホッとした。
(で、裁判官はハートの王、なんですよね)
黒子は玉座に目を移す。
ハートの王は例の物語のように大きな鬘を被ってはいなかったけれど、やる気なさそうに、表紙にイラストが描かれた文庫本を読んでいた。多分、ライトノベルと呼ばれるものだ。
(そして、あちらが裁判席……)
今度は十二匹の鳥や獣の裁判員を見る。
裁判員たちは皆、手元の石板にせっせと何かを書き込んでいた。
「布告役。布告状を読み上げてくれ」
ようやく本から顔を上げた王が言った。
2号そっくりの犬がラッパを三回吹き、羊皮紙の巻物を紐解いて、中身を読み上げる。
曰く、ハートの女王が一日かけて作ったタルトを、黒のジャックが盗んでしまった、と。
(ん……? 黒?)
ハートのジャックではなくて? と、物語の記憶と照らし合わせて黒子は思う。
もしやと思い、鎖に繋がれたジャックの横顔をどうにか遠目に覗くと、その顔が元相棒とそっくりであることが分かった。なるほど。色黒のジャック。
「評決にかかれ」
王が裁判員たちに告げる。
「まだです! ラノベが読みたいからって、面倒くさがらないでください!」
2号? が慌てて口を挟んだ。
「チッ。……最初の証人を呼べ」
王が舌を打ち、命令を変える。
第一の証人として現れたのは、帽子屋だった。
「どーもー、王サマ」
片手にティー・カップ、もう片方の手にバターを塗ったパンを持った帽子屋が、シャララと効果音を立てながら口を開く。
「さっさと証言しろ」
帽子屋の持ち物にツッコミを入れることもなく、王は命じた。
帽子屋が女王の顔色を窺いながら、王の質問に答えていく。
その時、黒子の体が何故だか大きくなり始めた。
席を立って法廷を出るべきかと考えたが、今後の展開を思い出し、このまま粘ろうと思い直す。
「そんなに詰めないでくれよ」
隣に座っていたヤマネが言った。
「女性なら歓迎するが、男にされたら暑苦しい」
黒子は素直に「すみません」と謝る。
けれど、ヤマネと少し距離を取っただけで、席を立つ気はまだなかった。
ヤマネのほうが席を立ち、法廷の向こう側へ行ってしまう。
その間にも女王は帽子屋を冷たい目で見据えていて、ちょうどヤマネが法廷をまたいだ時に、その場にいた廷吏の一人に言いつけた。
「先の音楽会の歌い手の名簿を持ってこい」
途端に、帽子屋が大型犬のようにぷるぷると震え始める。
「証言しろ」
王が命じると、帽子屋は震えた声で、また喋り始めた。
「オレはただのイケメンっスよ、王サマ」
「記憶力のない駄犬だろ」
イケメンのくだりは無視して、王はバッサリと切り捨てる。
「これ以上知ってることがないなら、もういい。下がれ」
王が命じると、帽子屋は急いで法廷を後にした。
「次の証人を呼べ」
王が命じる。
次の証人は公爵夫人の料理人だった。
「証言しろ」
「嫌アル」
料理人が王に応える。
王が表情を変えずに2号? のほうを見ると、2号? は小声で、
「この者には反対尋問すべきです」
王は眉を顰め、「面倒くせえ奴だな」と一言。
料理人を睨み、
「タルトは何で出来ている?」
料理人は答えた。
「大抵、辛いものアル」
「シロップだよ」
料理人の後ろから、ヤマネの寝惚けた声。
「あのヤマネを摘まみ出せ」
女王が命じると、しばらく法廷中がヤマネを追い出すために、しっちゃかめっちゃかになった。
ヤマネが追い出され、元通りに落ち着いた頃には、料理人は姿をくらませていた。
「構わなくていい。次の証人を呼べ」
王が命じる。
それから、声を潜めて女王に、
「次の証人はお前が尋問しろよ。オレはもう疲れた」
黒子は2号? が名簿を拙く捲るのを見て、次の証人は……ですよね、と決意を固める。
「黒子テツヤ!」
予想通り、2号? の口から自分の名が呼ばれた。