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雪国

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がさがさと音を立てながら、チームメイトの紫原敦がコンビニの菓子を籠に詰めていく。
「秋田にいるとご当地味のお菓子が食べられるのはいいけどさ~。新味が出た時に、東京みたいにすぐ発売されないのは困るよね~」
 子供じみた文句を言いながら、しょっぱい菓子のコーナーから甘い菓子のコーナーに移動する。氷室は苦笑を浮かべながら、ふと思った疑問を口にした。
「アツシは元々、東京にいたんだよね。どうして、わざわざ秋田の高校に進学してきたんだい? やっぱり、この高校でバスケがしたかったから?」
 屈みこんで菓子を物色していた紫原が、緩慢な動作で氷室に不満げな顔を向けてくる。
「別にオレは室ちんみたいなバスケ馬鹿じゃねーし。どうせバスケやるなら、でかい奴がいっぱいいるトコのほうがいいと思っただけだよ」
 だから、そんな期待した顔しないでよね。そう言われて、氷室は自分の頬に手をやった。自分はそんな期待した顔をしていただろうか。
「オレは室ちんみたいにバスケに人生かけてるワケじゃないんだよ」甘い菓子を籠に詰め終えた紫原が立ち上がる。
「ただ、中学の時にでかいだけとか体格に恵まれてるだけとか散々言われてムカついたからさ~。でかい奴の中でも特に上手いってトコ見せつけてやりたかっただけなんだよね」
 悪い? とでも問うように、紫原は氷室に目を向けてくる。二メートルを超える長身に見下ろされると、相手がチームメイトと分かっていても、それなりの迫力を感じる。
「それはいいね」氷室は微笑んで答えた。
「やっぱりバスケを最優先に考えて進学先を選んだんじゃないか。やっぱりアツシもバスケが好きなんだな」
 そう言って一層笑みを深めると、対照的に紫原は顔をしかめた。
「室ちんのそういう暑苦しいトコ、ホントめんどくさ~」
 氷室に背を向け、紫原はドリンクのコーナーに向かう。
「……てか、室ちんはなんでなの?」
 振り返って問うてきた紫原に、氷室は首を傾げてみせた。「だからさぁ」と、紫原が苛立ったように言葉を継ぐ。
「室ちんはなんでうちの高校来たの。元々アメリカにいたんでしょ。日本に帰ってきたのは親の仕事とか家庭の事情かもしんないけど、どうせ寮生活するならアメリカでも東京でも変わんなくない? なんで秋田なの」
「…………」
 氷室は返す言葉に詰まった。
 確かに、バスケを最優先に考えるなら、氷室はあのままアメリカにいるべきだっただろう。それでも日本に来たのは、そうすれば、先に日本に帰った弟分と会えるかもしれないと思ったからだ。馴れ合う為ではない。決着を着ける為に、敵として会いたかった。無意識に東京を避けたのは、弟分から一定の距離を保った場で己の牙を磨いておきたかったからかもしれない。
「いろいろ、思うところがあったんだよ」
 氷室は言葉を濁した。
 それだけでは素っ気ないと思ったので、微笑を向けて言葉を足す。
「今はこの高校でバスケが出来て良かったと思ってる。冬はすごく寒いけど、元々バスケは冬のスポーツだから、こんなものがハンデになるとは思わないし。キリスト教系の高校だから、アメリカにいたオレでもいくらか馴染みやすい。――それに、アツシ達にも会えた」
 にっこりと笑みを深めて見せる。
 紫原に、また盛大に顔を歪められた。
「室ちんのそういう帰国子女っぽいセリフ苦手~。
 てか、そういうのは女子に言ってあげなよ。室ちんに言われたら、どんな秋田美人でもオチるよ」
「オトすつもりなんてないよ」
「そっか。室ちんは秋田美人より金髪美女のほうがいいよね」
「そういうことじゃなくてだな……」
 氷室の反論を聞かずに、紫原はすたすたとレジに向かう。菓子を選ぶ間はあれこれ迷っていたようだが、決めてしまえば、あとは早く買って帰りたいのだろう。
「早く帰って、比内地鶏味のポテチ食べよ~」
 予想通りの呟きが聞こえてきて、氷室は思わず小さく噴き出す。
 きっと、もう、さっきまでの会話なんて忘れているのだろう。菓子のことで頭がいっぱいの大きな子供を見上げて、氷室はひそかに苦笑を浮かべた。
作品名:雪国 作家名:独楽