無題
綺麗に包装されたクッキーを、土田は彼女に手渡す。
彼女は土田からクッキーを受け取り、
「ありがとう」
と微笑んだ。
同じ学校に通う土田の彼女は、美人だ。心根もとても優しい。土田は好きな異性のタイプを聞かれたら「彼女だ」と即答するくらい、彼女のことを好いている。
「バレンタインデーは、本当にごめんね。ほかの女子のチョコを食べて具合悪くなるなんて……」
土田は頬を掻きつつ、非礼を詫びる。
今年、土田は同じ男子バスケ部に監督として所属する女子から義理チョコを受け取っていた。普通のチョコレートであれば彼女がいることを理由に断るところなのだが、カントクが作るチョコレートは殺人的なもので、それを自分一人が回避することは和を乱すようで出来なかったのだ。
「全然気にしてないから、心配しないで」彼女は微笑んで応えた。「付き合いは大事にしなきゃだもの。私も同じ委員会の男子に義理チョコ配ってるしね。サトシ君にあげたのと違って、こんなに小さいのだけど」
そう言って、彼女は指でチロルチョコくらいのサイズを示してみせる。
「ありがとう。そう言ってもらえると、助かるよ」
「うん。……ねえ、このクッキーって手作り?」
彼女が手の中の袋を眺める。
土田が彼女に渡した透明な袋の中には、同級生の水戸部と作ったチョコチップクッキーを詰めてあった。
「そうなんだ。同じ部に料理上手な奴がいてね、そいつが菓子作りも出来るっていうから手伝ってもらったんだ」
「へえ。料理が上手な男子っていいねえ」
「……オレも料理が出来るようになったほうがいいかな?」
「サトシ君は今のままでいいよ。それに、サトシ君は絵が上手じゃない。私、サトシ君が描く絵、好きだよ」
「本当? 嬉しいな」
土田は表情を緩める。
つられるようにして、彼女も頬を緩めた。
「先月のお詫びってことでさ、今日はカントクから早く帰っていいって言われてるんだ」土田は話を切り出す。「いつもオレの部活が忙しくてなかなか一緒に帰れないからさ、今日は一緒に帰らないか」
土田は左手を彼女に差し出す。
彼女は「うん」と微笑むと、土田が渡したクッキーをそっと通学カバンに仕舞い、右手を土田の手に重ねてきた。
柔らかい手が、土田の左手に触れる。その手を優しく握って、土田は彼女と並んで帰り道を歩き始めた。