二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

あの日の続きを

INDEX|1ページ/1ページ|

 
目覚めたとき、すぐにそれが目についた。
 赤く染まった空の下、地面に無造作に放り出された長方形の箱。小脇に抱えられるほどの大きさのそれは、拾いあげてみると折りたたみ式のチェス盤だった。表面はところどころ溶けて汚れてはいるけど、まだ十分使えるものだった。
 確かこのタイプは中に駒が収納されているはず。開けてみると、中には思った通り駒が収納されていた。ポーン、ナイト、クイーン……その形のどれもが、ぼくにはとても懐かしい。
 窓から差す陽の柔らかな光。ふわりと揺れるカーテン。すぐ隣で眠っている兄の体温と、ひと晩ごとに変化する盤上。つるりとした手触りの駒。
 そして……中庭と、風に揺れる金の……。
「チェスだな。誰かと対戦でもしやがるんデスかい?」
 棺を背負った男が物珍しげにこちらを眺めている。ぼくはうなずくと、チェス盤を抱えて歩き出す。
 目指すは、神経塔のあのフロアだ。

 *

 ぼくはあの人が苦手だった。
 見た目であの人のことを悪く言う人は何人もいた。けれど、ぼくはそんなことなんてどうでもよかった。ぼくが苦手だったのはそこじゃない。それに、ぼくたちのような子どもがとやかく言えるような立場じゃないだろう。
 ぼくがあの人――上級天使を苦手な理由は、その表情だ。
 教団に来てから今まで、ぼくが見かけるあの人はいつも眉根を寄せている。さっき廊下ですれちがったときもそうだった。
 なぜ機嫌が悪いのか、なにがそこまであの人を不愉快にさせるのか、ぼくにはわからない。理由のわからないものほど怖いものはない。
 薄暗い倉庫で棚を物色しながら、小さく息を吐く。兄さんは気にすることじゃない、と手紙に書いてくれたけど、あの人が病室に来ることもあるのに気にするなというほうが無茶なことだ。
「おや? 珍しいですね。どうしたのですか?」
 降ってきた声に振り向く。天導天使が少しだけ首をかしげてぼくらを見つめていた。
「兄さんと遊べるものがないか探していて……。ほら、ぼくら、交代でしか起きられないので」
 同じ車椅子に座りかたわらで眠る兄を見遣る。ぼくらは文字通り繋がっていていつも一緒だったけど、どちらか片方しか起きていられなかった。だから、2人で遊ぶことのできる道具を探しに来たのだ。
 ……困ったことに低いところしか探せないのだけど。
「なにか良いものはないですか?」
「そうですねぇ……」
 棚に無造作に詰め込まれた品々を眺めて考えこんだあと、天導天使は狭い通路の奥に消えて、すぐに何かを抱えて戻ってきた。
 抱えているのは黒と白の正方形が交互に並んだ模様の、長方形の木箱だ。
「これならどうでしょう?」
「チェス?」
「はい。交代で駒を進めれば、時間はかかりますが同時に起きていなくともお兄さまと遊べるのではないかと」
 ぼくに木箱を手渡して、天導天使は微笑む。ぼくは彼女の柔らかな笑みが大好きだった。ぼくは覚えてないけど、お母さんがいたのならきっと、こんな風に笑いかけてくれたのだと思う。
 いつも不機嫌なあの人とは大違い……。
「……上級天使さまは、誰かと遊んだりしないのかな……」
「え?」
「あ、いや……その……いつも、怒っているような顔をされているので……」
 ああ、と納得したように天導天使が呟く。
「忙しい人ですからね。でも、いつも怒っているわけではないのですよ」」
 そう言って、彼女は困ったように笑った。仕方ないな、と子どもを笑って許すような、そんなように。

 *

 目覚めると、いつもとなんら変わりのない無機質な天井が目に映った。腹のほうに視線を移せば、見慣れた毒々しい色の棘が見える。
 わたしは相変わらず、串刺しになっているようだ。思わずため息が出る。なにもここまで再現する必要などないだろう。
 思えば、12号のことは昔から苦手だった。
 第一印象は、「何を考えているのかわからない子ども」だった。その暗い瞳はどこを見ているのかわからず、表情もさほど変わらない。天導天使はかわいらしくて良い子だと言っていたが、わたしにはただ不気味でしかなかった。
 それに加え、あいつは表情を変えずにこちらの予想外のことをする。
 あるときは中庭に行ったかと思えば地面に落ちている木の実を拾って食い。
 またあるときは車椅子で廊下を暴走し。
 きわめつきは、創造維持神と融合しようとした。(もっとも、こちらはこちらはコリエル共の企みだったが。)
 まだあいつの隣に兄がいたころ、チェスに誘われたこともあった。
 もちろん、一度は断った。相手をしてやれるほど暇ではない。それでもあいつは顔を合わせる度に何度も誘い続け……とうとうこちらが折れた。天導天使に息抜きにはなるかもと言われたとはいえ、あの瞳の押しの強さはいったい何なんだ。
 それから……中庭に移動したのだったか。暖かな日だった。あの無表情な子どもも、珍しく笑っていたような気がする。わたしもチェスは嫌いではなかったし、楽しんでいたのだと思う。団員に呼ばれ、そのまま中断してしまったことが少し残念だと思えるほどには。……それを認めるのは悔しいが。
 ふいに、かつん、と小石を蹴る音がした。

 *

 上級天使は、相変わらず感覚球の棘に串刺しになったままだった。そのまま、彼の顔がこちらを向く。昔と変わらない不機嫌な表情だった。
「何しに来た?」
 低い声で問う彼に、外で拾ったボロボロのチェス盤をかかげる。
 ぼくがまだ兄と一緒にいたころ、一度だけ彼とチェスをしたことがある。
 暖かな日だった。中庭で、小さなテーブルの上にチェス盤を置いた。彼の髪が風に柔らかく揺れて、きらきらと光っていた。盤上の駒を見つめるその表情は、真剣ではあれどいつもの不機嫌さはなくなっていた。
 あのときは途中で彼が呼ばれてしまってそのままになってしまったし、なにより、ぼくのせいで串刺しになっているのだからせめてものお詫びにと……そう、思ったのだけど。
 上級天使はぼくに顔を向けたまま、あからさまに顔をしかめた。
「それはチェス盤か? ……対戦しようというのか? たわけ。この状態でできるわけなかろう」
 確かにその通りだ。チェス盤をかかげたまま、ぼくは固まる。彼はあそこから降りられないし、神経塔の前の彼は実体がないから駒を触れない。そもそも神経塔前に来たぼくを認識しているけれど、ぼく以外も見えるのだろうか。
 チェス盤をまじまじと眺めながら考えをめぐらしていると、ため息が降ってきた。
「天導を連れてこい。わたしの代わりに駒を進めさせる。……暇なのでな」
 ずいぶん変わってしまったが、あの日の続きを。
 串刺しのまま、天使が苦笑した。
作品名:あの日の続きを 作家名:酒井ヨウ