繋げたのなら
刑務官に促されるまま、シキは古びたパイプ椅子に腰かけた。ぎしり、といやな音が響いて、それきり静かになる。向かいに座るイアンはこちらを見据えたまま、押し黙っている。怒ってはいないが、会いに来たことを咎めるような目をしていた。
「……あ、の……」
絞り出した声が喉の奥に消えていく。
正直を言うと、誰かと対面で話すことは苦手だった。視線が怖かった。自分の言葉で、みるみるうちに表情を変えていく相手が怖かった。正解がわからず、どうしたらいいのかわからなかった。イアンはそうでないとわかっていても、ついシキガミロボットに頼りたくなってしまう。
……その唯一の頼みの綱は、手荷物検査に引っかかって腕のミニPCごと没収されてしまったのだが。
「あ、あの、イアン。なんで……証拠を、消したの? 本当なら、ボクも……あなたと一緒に逮捕されるはずなのに」
本来であれば、シキもイアンと同じ場所にいるはずなのだ。脅されていたとはいえ、Discardに加担していたのはまごうことなき真実だ。しかし、捕まることはなかった。
証拠不十分。
それが、ナデシコに言い渡された答えだ。シキがDiscardに関わっていたという証拠が、どこにもないのだという。そんなことができる人物は、シキにはイアンしか思い浮かばなかった。
「あなたが、消したんでしょう?」
「……さあ、知らんな」
「イアン……」
「言いたかったのはそれだけか? なら、もう行くといい」
「イアン!」
素っ気なく返すイアンにシキは思わず声を上げた。イアンはシキの声に驚く様子もなく、ただ静かに双眸を細めた。その瞳はよく研がれた刃物のように鋭い。逃げないと、あちこちが切り傷だらけになるどころか首を落とされてしまいそうだ。意思に反して体が跳ね、視線がさまよう。
逃げたい。けれど、逃げては駄目だ。前を向いて、言葉を。そのためにここへ来たのだから。
裾を掴む。深く息を吸って、目の前の男をまっすぐに見据える。もう、目はそらさない。
「ボクは……あなたがどうしようとしているのかわからない。でも……でも! ボクはあなたの手をとりたい! あなたは相棒がいないと言っていたけど、それならボクがあなたの相棒になる。あなたの半身をあなたのかつての相棒が持って行ったのなら、もう片方の手はボクが繋ぐ!」
一息にまくしたてた言葉たちが、ほとんど物のない空間で反響する。
肩で息をするシキの目の前で、イアンの固く閉じられていた唇がほんのわずかにほころんだ。少しだけ、記憶よりも穏やかな表情に見えた。
「そうだな。……そういう未来も、あり得たのかもしれんな」
「それなら……!」
「だが、もう過ぎたことだ。お前はお前の道を行け」
「イアン? ……っ!」
くらりと視界がゆがむ。体が傾いでいく感覚に、シキは思わず手を伸ばした。
「イアン……イアン……!」
白んでいく視界と遠のいていく意識の中、口元に笑みをたたえたまま席を立つイアンの姿が見える。
精一杯伸ばした指先に、あたたかなものが触れたような気がした。
遠くから地響きが聞こえる。四方を取り囲む木々がかすかに揺れている。もうあまり時間がないのだろう。里を脱出するルークたちと別れたときよりも、音は近くなっている。
急がなければ。でも、これだけ伝えさせてほしい。すぐに終わらせるから。
シキガミロボットの録画モードを開始させる。写すのはシキ自身だ。嘘をついて騙し討ちのように出てきてしまったから、せめて謝罪の言葉を伝えたかった。手を差し伸べてくれた彼に、彼らに、ごめんなさいと。
彼らは怒るだろうか。イアンは……呆れるだろうな。会えたらの話だけれども。
贖罪が終わっていたのであれば、胸を張って彼らの手を取ることができたのだろう。手を繋ぐとイアンに言った、今朝の夢のように。
録画を切る前にシキガミロボットに手を伸ばす。今から行うことが無事に終わったのなら、もう繋げるはずだから。
「ボクと手を――」