くさりがきれて いとが繋がれたのなら
澄んだ空の色の中に浮かぶ白い雲はとてもきれいで心地がよく、大きく深呼吸をすると幾分か気分がよくなった気がした。
少しだけ歩こう、と決める。予知夢のように、しかしそれはまるで過去を忘れないためのように見てしまう夢を今は忘れよう、と足を踏み出した。
街の景色は少々歪であるが、それはこの世界の創造者の思惑通りという噂を耳にしたことがあった。
少なくとも、この世界に引き込まれた者たちがいた世界観が所々に存在するらしく、ゼルダのいた世界の街の、空の、大地の、動物たちの気配もやはりちゃんと存在していたのだから、これは真実なのだろうとゼルダは思った。そのたびに思い出す景色がある。脳裏に焼きついたかのような恐ろしい悪夢のような、出来るなら忘れてしまいたいビジョン。
振り払いたくて眼を瞑るけれど、結局自分はそこに存在した。闇に取り込まれるのには拒絶するくせに、とゼルダは苦く笑う。
そういえば、とふと立ち止まる。与えられた住処のすぐそばに、子どもたちが遊べるようにと公園(という遊具広場)を作ったと聞いたことがあるのを思い出した。
ゼルダは迷わず行く先をそちらに決めて歩き出す。すると思いのほかすぐに着いてしまい、そこで甲高く笑う楽しそうな声までも聞こえてきてゼルダは小さく微笑んだ。見慣れた姿を見るのは、やはり安心するものらしい。
「あ、ゼルダ姫」
こんにちは。
ふわ、と微笑んで挨拶してきたポケモントレーナーにゼルダは少し驚いた。直接会話をしたことがなかった記憶があるので怯んでしまったけれど、ゼルダは気を取り直して会釈する。
「こんにちは。えっと、」
「・・・ああ。すみません、直接話するのはほとんど初めてでしたっけ。リファっていいます」
「こちらこそごめんなさい。リファ、ね。きれいな響きの名前」
思ったことをそのまま口にするとリファはきょとんとした後、楽しそうに笑い、ありがとうございます、と邪気のない笑顔を向けて、ゼルダを公園内まで誘導した。
リファの足元にはちょこちょこと青いポケモンが遅れないように着いてきていて、それをもの珍しげに見つめていると、リファが視線に気づいてくれた。
「ああ、こいつ、ゼニガメっていいます」
ゼルダをオープンカフェテラスのようなテーブルと椅子が置いてあるところに案内し座らせてから、リファは足元にいるゼニガメを抱えて、ほら挨拶、とゼニガメに告げる。すると元気のいい返事が返ってきて、ゼルダは笑った。
「対戦ではよく見かけるわ。・・・そういえばこの子はどうしてみんなと遊ばないの?」
触ってもいいかしら、と言うとリファは快くどうぞ、とゼニガメを差し出した。おもいのほか硬くなく柔らかい手触りだったのでゼニガメを撫でながらゼルダは、気になったことを訊いてみた。いつもこのゼニガメはリファの傍に居る気がするのだ。
「ああ。こいつ、おれの護身なんです」
「・・・護身?」
「ええ」
「何かとっても危険なことにでもあったの?」
リファはあー、と眼を逸らして苦笑した。「あったといったらあったのかもしれないけれど」
ゼルダはよく分からず微かに首をかしげると、リファは、とりあえずそれからずっとこの様なんです、と締めくくってしまった。ゼルダはリファとゼニガメを交互に見ながら、その柔らかな感触を楽しんだ。撫でながらこのふたりはとても強い絆で繋がれているんだな、と思ったら、何故か少しだけ自分まで幸福になれて驚いた。
繋がりがこんなにも幸福であることをゼルダは知りもしなかった。ゼルダ自身、繋がりは因縁であり、悲劇の連鎖である。望みもしない伝説のループに嫌気が差す。それは長い長い時間を経てもなお続く“繋がり”。悪夢が眼を覚まして、また眠るかのような。
「素敵ね」
ゼルダは小さくそう口にした。自分もそう思える日が来ればいいと思いながら。するとリファは、柔らかく笑い、そうですね、と続ける。
「信じた分だけこいつらも返してくれる。それって考えたらものすごくたいしたことで、でも本当はとても簡単で、素敵なことなんだよなぁ」
ふと視線を上げると微笑うリファと目が合った。濁りのないその眼は、よく知っている勇者の眼とよく似ていた。だけどどちらかというと、時を越えてしまう小さな勇者のほうだけど。
ぴかぴかー、と遠くのほうで呼ぶような声がしたので公園を振り返るとピカチュウがリファに寄って来て腕の中に飛びついた。その後ろからぞろぞろと来るポケモンと子どもたちにゼルダは眼を瞬かせながら、ゼニガメをきゅっと抱きしめた。
「あれ、もしかしておやつの時間?」
「ぴか」
「ほんとかよ、すごいなみんなの腹時計」
「ぽよ!」
「はいはい、カービィが一番正直者でなにより、だよ」
リファはポケモンと子どもたちの頭を撫でて、よし帰るか、とにっこり笑った。確かこの子トゥーンとそんなに歳が変わらなかったはず、とゼルダは思い、その大人びた雰囲気に少し困惑した。
「ゼルダ姫、おれたち帰りますけど、どうしますか?」
「え、ええ。じゃあ私もご一緒させてください」
「喜んで。じゃあもし良かったら、ゼニガメ抱えて帰ってもらえますか?」
「・・・いいのかしら」
「いーですよ」
ほら帰るぞー、とリファは子どもたちの手を引いたり肩に乗せたり頭に乗せたりしながら家路に着く。
ゼニガメは彼の傍に居たいんじゃないのかしら、と呆然と立ち尽くして動かなかったゼルダを振り返り手招きして、リファは笑った。
「おれのことばっか気にしてて疲れたらトレーナー失格ですから」
その言葉にゼニガメは、ぜに、と小さくもらし、ゼルダはやはりその繋がりに幸福を感じて、どうしようもなく安心感に包まれた。
ああ、なんて素敵な、
くさりがきれて いとが繋がれたのなら
作品名:くさりがきれて いとが繋がれたのなら 作家名:水乃