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午睡 【大好きの・・・シリーズ/番外編】

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 杏寿郎の匂いは不思議だ。ひどく安心するのに、ドキドキもする。そんなのは杏寿郎だけで、義勇は不思議でしかたがない。
 安心する匂いなら、ほかにもいっぱいある。プールの塩素の匂いがかすかに混じる錆兎の匂い。真菰から香る花みたいないい匂いは、姉さんの匂いにちょっと似てる。お爺ちゃんの家の、緑の青臭さにちょっとだけお線香の匂いが混ざってるようなのも、みんな安心するのだ。でも、どれも胸がドキドキすることなんてない。
 なのに杏寿郎の匂いは、安心するのはほかと同じでも、胸が高鳴る。落ち着くのに、落ち着いていられない、不思議な匂い。
 なんでかな、変なの。

「ぎ、義勇?」
 どこか焦ったような声に、ん? と眠い目で杏寿郎を見やれば、杏寿郎の顔が赤い。

 やっぱり暑いのかな。

 残念だと思う自分を不思議に思いつつ、眠さで重くなっていく体をどうにかずらそうとしたら、そっと杏寿郎の腕が背に回された。
「その、このまま寝てもいいだろうか……?」
 ねだるような甘え声に聞こえたのは気のせいだろうか。甘えてくれているのだったら、うれしいのだけど。なぜだかそんなことを思いつつ、義勇はこくんとうなずいた。

「君の髪は……真っ黒だな。やわらかい」
「きょうじゅろは……キラキラ」

 髪を梳かれると、ますます眠気が増してくる。どうにか出した言葉は、やけに舌っ足らずに聞こえた。
 重い腕をゆるゆる持ち上げて、義勇も杏寿郎の髪をなでてみた。
 杏寿郎の髪は、自分の髪よりちょっと固い気がする。キラキラ、キラキラ、お日様みたいに光って、眩しくて。
 赤い頬と、ちょっと震えている唇と、じっと見つめてくる強い瞳。汗の匂いも、熱い体温も。いつもの大きな笑い声も、ささやくようなやさしい声も。全部、なにもかも、杏寿郎だとキラキラと光ってるように感じる。
 思い出すのは、小さいころの杏寿郎の笑顔と、チョコの味。貰ったチョコは、それまで食べたどんなチョコレートよりも甘い気がしたっけ。杏寿郎を思い出すたび、あのときの小さなチョコの味と匂いがいつだってよみがえった。だからだろうか。杏寿郎はチョコレートみたいな匂いがするんだと、義勇はずっと思っていた。
 実際に再会してみれば、そんなことは全然なくて、いつだってお日様の匂いがしているのだけれど。
 体育のあとや今みたいに、汗の匂いがするのも、嫌じゃない。いや、むしろ。

 あぁ、好きだなぁ。全部、全部、杏寿郎だから、好きだなぁ。

 頭がフワフワとする。このまま昼寝しても、怖い映画を思い出しても、今夜はちゃんと眠れる気がした。杏寿郎の匂いや体温、髪の手触りを思い出せばいい。だってこんなに安心する。眠くなる。
 いざなわれるままに眠りに落ちていく義勇の耳が、小さなおやすみという声を拾った。

 蝉の声と風鈴の音、どこか遠くで聞こえる子どもの笑い声。扇風機の回る音と、ときどき頬をなぶる風。身を包むのは熱いのに安心する温もりと、お日様と汗の匂い。ほんの少し感じたチョコレートの香りは、思い出のなかのものだろうか。ひどく甘い。
 髪を梳くやさしい手に、義勇の頭の片隅にまた好きという言葉がちらりと浮かんで、透きとおった眠りのなかに消えていった。