暗中飛躍
パサーに徹してばかりじゃなくて、目立ちたいって思ったことはないんですか?」
絵に描いたような美少女が上目遣いで尋ねてくる。
桃井さつきは、黛にとってはほとんど縁のない他校のバスケ部の後輩だ。ただ、自校の後輩を通して、大体の人物像は知っている。
整った顔。桃色の長い髪。そして、年下。
もう少しあどけない雰囲気ならお気に入りのライトノベルのヒロインと似てるんだけどな。これでもうちょい色気がなければ。――そんな無粋なことを考えながら、黛は見上げてくる桃井を見返す。
「そういうアンタはどうなんだよ?」
桃井が只のマネージャーでないことは、後輩の赤司を通して知っている。諜報員としての顔を隠し持つこのマネージャーのせいで、夏のインターハイ、黛は桃井のいる桐皇学園との決勝戦に出られなかった。
レギュラーになって日が浅かったせいもある。だが、それ以上に、冬の本番を前に桃井にデータを取られるわけにいかないと赤司が判断したのが大きい。結局その決勝戦は両チームともエース不在で自校が勝ったわけだが……ベンチで試合を眺めていただけの黛も、桃井のデータ収集能力と分析力には素直に感心した。
「私? 私は選手じゃないから目立ってもしょうがないし……」
桃井はそう答えてから、「そりゃあ、リコさんみたいになれたらカッコイイなとも思いますけど」と口を尖らす。
同じ女子高生でありながら、バスケ部の監督を務める誠凛高校の相田リコは、桃井にとってはライバル的な存在らしい。
「でも、私は私でこの役割を楽しめてるからいいんです。
裏でこっそり暗躍してるのって、女スパイやくのいちみたいでちょっとカッコイイじゃないですか?」
高一とは思えない、色っぽい笑みを桃井は浮かべる。その表情は、確かにラノベに出てくるお色気系のスパイやくのいちを黛に思わせた。
「分かる。オレも同じだよ。
オレも自分の役割は、影で暗躍するラノベ主人公っぽくて気に入ってるんだ」
黛は真顔でそう返す。
桃井が大人っぽい笑みを消し、「なんですか、それ」と年相応の顔で笑った。