年年歳歳番外編詰め
うなじへと回された手にやさしく促され義勇に顔を向ければ、義勇が下から覗き込むように上目遣いで見つめてくる。ズルいなぁとちょっぴり思いながら、炭治郎は小さくつぶやいた。
「……嫌じゃないから片付かないんじゃないですか」
ふっと吐息だけで笑う義勇は、長い付き合いで何度も見ているのに、こういう空気にはいまだ慣れない。一緒に暮らし始めてからもう何度も肌を合わせているのに、今でもまだ恥ずかしくて、痛いくらいに心臓がドキドキする。
照れ隠しを多分に含んだ「まだ昼間なのに……」という炭治郎の文句は、するっと無視された。
立ち上がった義勇に腕を引き上げられて、ころりとベッドに転がされる。こういうときにどう反応すればいいのか、炭治郎はいつも困ってしまう。いつだって気が付けば、義勇の指や唇に翻弄されて、わけがわからなくなっているうちに、義勇のたくましい背にすがりつき甘く喘ぐことしかできなくなってしまうのだ。
今も耳に目尻にと落ちてくる接吻に、炭治郎は、体を震わせることしかできない。手のなかの人形をすがる気持ちでギュッと握りしめていると、義勇の指がつっと炭治郎の手をなぞった。
「義勇さん……?」
無言で人形を取り上げられ、ひょいとベッドヘッドへと置かれる人形を目で追った炭治郎は、かすかに感じた匂いにまばたいた。
「……義勇さん、今あの人形にやきもち妬きました?」
「…………悪いか」
ぶっきらぼうな声と、ふわりと淡く香る拗ねた匂い。思わず炭治郎はクスクスと笑った。
「いいえ、俺、義勇さんにやきもち妬かれるの好きです。だってやきもちは好きだから妬くんでしょう?」
「……よく覚えてるもんだな」
「覚えてますよ、義勇さんのことなら全部」
当たり前でしょうと笑って、まだ少し拗ねた匂いをさせている義勇の首に、腕を回す。
「……夕飯作るの、義勇さんも手伝ってくださいね」
「ああ……」
小さく答えて首元に唇を寄せる義勇は、それでもまだ少し拗ねているような気がする。いや、怒ってるのかな? でも、なんで?
義勇を怒らせるようなことをしただろうかと炭治郎が困惑していると、肩口にチリっと痛みが走った。
義勇に噛まれたのだと気づく間もなく、義勇の舌に痛んだ場所を舐め上げられた。強く吸われて思わず義勇の頭を抱え込む。
「……前世がどうでも、今のお前の恋人は俺だろう?」
少し強い声が肩口から聞こえて、炭治郎はぽかんとしてしまった。
じわじわと胸の奥からむず痒いようなうれしさがにじみだして、炭治郎は、闇雲に叫びたくなるのを一所懸命こらえる。
もうっ、なんでそんなにかわいいこと言うんですかっ!
ああ、もう、どうしてくれよう。八歳も年上で、ほんのひと月前までは自分の先生で、小さいころから炭治郎のヒーローだった人なのに。大人で格好いいだけじゃなく、こんなにもかわいいなんて、ズルい。
「今の俺の恋人も、来世の俺の恋人も、義勇さんだけですよ」
「……足りない。次の次も、その次も、お前の恋人は俺だ」
ようやく小さく笑ってくれた年上の恋人のおねだりみたいな囁きに、きゅうっと胸を締めつけられながら、炭治郎は笑ってうなずいた。
「はい。ずっと、ずーっと、俺の恋人の座は義勇さんの予約席です」
義勇さんもちゃんと恋人の場所は俺用に空けといてくださいね、という言葉は、途中で唇を塞がれてしまって最後まで言えなかったけれど、うれしげな匂いが答えだろう。
お前はあっちを向いてろと、義勇の手でくるりと背を向けさせられた人形は、夜には茶の間にちょこんと置かれるに違いない。きっと、鱗滝がくれた義勇と炭治郎に似た木彫りの人形からは、ちょっと離れた場所に。
ちょっぴりかわいそうだけれど、しかたがない。だって、炭治郎の強くてやさしくて格好いい上に、とってもかわいいヒーロー兼恋人は、やきもち妬きなので。
そんなやきもち妬きの恋人が、来世の来世のそのまた来世まで、炭治郎を独り占めしたいと、甘えん坊の弟みたいにねだるなら。
炭治郎はなにがなんでも叶えてみせようじゃないかと、強く誓うしかない。
お兄ちゃんは約束を絶対に守るのだ。