結果は神のみぞ知る
「いざやぁ」
顔を紅潮させ、ふふふっと蕩けるように微笑みを浮かべながら己に凭れかかり顔を摺り寄せてくる静雄に対して臨也はもう何度目になるか分からない言葉を声に出さずに零す。
あぁ!神様!
へべれけに酔っ払い、まさに前後不覚の静雄を拾ったのは新宿にある臨也のマンション前だった。
コンビニに買い物に出ていた臨也がマンション戻ってくると自動ドアの横で静雄が座り込んでいた。
何で新宿にシズちゃんがきてるんだ?最近シズちゃん周りでは何もしてないんだけど、
シズちゃんの事だからわからない。何をしてなくても何かあればむしゃくしゃして自分にあたりにくるんだ。
ほんと迷惑…
乱れる思考を顔と行動に出す事なく静雄の様子を伺っていると、それに気がついたのか静雄が臨也の方に顔を向ける。
ここでいつものように怒気を孕んだ声を上げ、拳を振るってくるか。と身構えた臨也は静雄の起こした行動に身構えた以上に硬直する。
「いざや」
名を呼び、ふにゃっと顔を綻ばせるとあろうことか抱きついてくるという普段の静雄からは結びつかない事をしてくれた為だった。
そんな静雄の行動に呆けている臨也をお構いなしに静雄はギュッと背中に手をまわし甘えるような仕草で顔を擦り付ける。
明日には地球が滅亡するんじゃなかろうか、とかシズちゃんのおっぱい柔らかいな、とかてか酒臭っ!という
ところまで臨也の思考が到達するとアルコール臭をまき散らす静雄の両肩を掴み一旦引き離させる。
「なんだよ」
臨也のしたことに静雄が舌っ足らずに不満の声を上げる。普通に酒臭い。
一言発するだけ、息を吐くだけで相当酒の臭いがする。
こいつはどれだけ飲んできたんだ…と臨也は脱力し溜息を吐く。そんな自分のらしくなさに更に脱力した。
分かっている。
静雄がこんな行動に出ただけでいつものような対処ができていない。まだ自分は混乱しているのだ。
「シズちゃん、どうして新宿に?」
もう一度溜息を吐き、無駄だと分かっていてとりあえず聞いてみる。
「手前にあいにきたにきまってんだろうが」
離されている事が不満なのか、話はすんだとばかりにまた抱きつこうとする。
力で勝てる気がしなかったが腕をつっぱって止めるといつもの怪力は何故かなりを潜めているらしく臨也が思うより簡単に留まった。
「そもそもそんなに酔っぱらってどうやってここまで来たのさ」
「やまのてせんにのってきたにきまってんだろ」
「あぁ、あぁ、そうだろうね。よく無事に辿り着いたね。えらいね。別にえらくないけどえらいね。」
「ばかにしてんのか?」
そんな問答をしつつ、如何にこの酔っ払いを帰すか臨也が思案しているとマンションの住人が2人をチラリと見、横をすり抜けてエントランスホールに入っていく。
まだ日付変わる前の時間帯。
仕事を終えた人間がもしかしたらまだ帰ってくるだろう。
そうなれば今この現場を更に見られるという訳だ。
自分は言わずもがな静雄も容姿は整っている。このままエントランス前でうだうだ問答をしていては普通に目立つ。
何かの縺れか、とあらぬ嫌疑をかけられては面倒くさい。
噂好きはどこにでもいるのだ。
井戸端会議をするおばちゃんたちばかりが噂好きじゃない。この高級マンションにだって暇を持てあましたが故の噂が大好きなマダムが沢山いる。
波江を雇ったばかりの時にも「あの女性とはどういった関係なのかしら」と質問責めにさせられた。
今まで男一人でだった仕事場兼居住に女が介入してきてそれが美人であれば関係が気になるというものだ。
あれは秘書で仕事の整理を手伝って貰っている。それ以上でも以下でもないという事を伝えるのに相当骨を折った。
あの労力をまた割かねばならないのか、と青ざめた臨也は人目のつく外よりもさっさと部屋へ連れて行こうと思いついた。
そうと決まれば静雄の肩から手を離し、手を繋ぐように持ち直す。
なんだ。と声を上げる静雄を半ば無視してエントランスをくぐり暗証番号を入力するとエレベーターに乗り込むのだった。
この判断が、まぁ、後に間違いとなるのだが。
それは---