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また壇上に上がる

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「ファナ、最近話すのが上手くなったわよね」

「へ?」
 すっとんきょうな声をあげてしまい、ファナは顔を赤らめた。二人で囲んだ昼食で突然その話題が出たからだ。今日は店を休みにしていてよかった、と密かに店内の静けさを有りがたく思った。
 オルセラは食事をつつきながら続ける。
「外征に行くようになってからかしら、堂々と出来ているっていうか、そういう感じに見えるの。前より緊張しにくくなったんじゃない?」
「え、えーと。そういえば……そう、かも」
 手にしたフォークを下ろしながらファナは思い返した。そういえば、ここのところは頭の中でまとめた言葉をそのまま出せているような気がした。喋ったことを「よくわからない」と切り捨てられることもなく、内容を聞き返されることも随分と減っている。
「人からもよく聞くのよ? あなたが前より逞しく感じる、とかね。『やっぱり外征に行った人間は違う』って、そんな話になるの」
 皿の上のコロッケにナイフを入れながらオルセラは答えた。こんがりと狐色に揚げられたそれから、さく、と軽やかな音が鳴る。丸い塊から分けた一口大の塊をフォークで口に運ぶと、オルセラは頬を緩ませた。
「大変なぶん、得るものも多いんでしょうね……。食材も美味しいし。これ外征先で取れたものを使ってるんでしょ? 美味しいわ」
「……確かにね、外征は凄く大変だった」
 自分の皿の上にある同じものに目線をやりながら、ファナは溢した。
「例えばね、しばらくの間はテントぐらいでしか過ごせないって聞いてて。·····ちゃんとした建物で寝たり起きたり出来ないことぐらい、故郷でもあったことだから大丈夫かもって思ってた。でも違ったの」
 ─脳裏に浮かぶ魔物の声、人の手が加えられていない土地だからこその緊張感が甦る。魔物避けの香を焚いていても、まだ外征に慣れていなかったあの頃は目が冴えてしまったものだった。
「やってみなかったらわからなかったと思う。他にもそういう、やってみて初めてわかった大変なことは沢山あったしね。もうダメかもしれないって思ったこともあったっけ·····」
 未知の大陸を切り開くための外征。伴う苦難もまた未知のものだった。ただ進めばいいのではなく、ただ戦えばいいのでもなく、ただ荷物を気にしていればいいのでもない。様々なものごとが重なり、組み合わさって襲いかかることもあった。苦難に襲われる度、これが『外征』というものかと思い知らされたものだった。
 オルセラが静かに話を聞いているのを見ると、ファナは「でもね」と一言添えてから続ける。
「その大変な中でね、私がしたことを『ありがたい』って言ってもらえて、『いてくれて良かった』って感謝してもらえて、皆の役に立てたんだって嬉しくて·····。そうしたら『何かあっても私なら出来る』って、そう思えることが増えていったの」
 出来うること全てを生かさなければ、立ちはだかる困難を乗り越えることは出来なかった。そしてそうすることで「己の強み」や「出来る役割」を知ったことが自分を支えてくれた気がする。最終的に自分の目的を果たせていることもまた大きかったのだろう。
 ファナの話にオルセラは「なるほどね」と静かに目を細めた。
「自信がついたってことなんでしょうね·····」
「自信、かぁ。……そうなのかも」
「そうやって成長したってことなのよ。凄いわ、ファナ」
「そ、そうかなぁ」
「そうよ! この前の演説も凄かったって聞いてるし」
「いや、でもあれは─」
 ふと感じた違和感にファナの言葉が止まる。しかしその正体が何かがわからない。動きすら止まる様子に「どうしたの?」と問われてしまったので「何でもないの」と慌てて返した。
「……心配だったのよ。あの日『外征の許可が出なかった』って帰ってきたとき、やっぱり一緒に行くべきだったのかなって思ったりしたから。でも―」
 オルセラはファナを見つめた。その眼差しは優しくて、緩く口角を上げた笑みは穏やかだった。
 
「でももう、一人でも大丈夫そうね」

「……、オルセラ?」
 かけられた言葉に思わず瞬いた瞬間のことだった。目の前に彼女の姿がなかった。しん、と店内に静寂が響く。咄嗟に机に視線を落とすと食器や料理は置かれたままだった。―皿の上のコロッケも、丸いままで。

 まるで、最初から手をつけられていなかったかのように。

 
「―!」
 ファナは文字通りに飛び起きた。下を向けば目の前に広がるのは白いシーツだけで、周りを見回せば簡素な棚や小物が置かれている。来客用のテーブルやキッチンはない。自分がいるのは食堂ではなく寝室だった。
「……夢」
 ぽつりと呟くと同時に、あの時感じた違和感の正体に気付いた。知っているはずがないからだ。オルセラはファナが政治家になったことは知らない。そもそもファナがリュート弾きになった頃には―彼女はもういなかったのだから。
 夢の最後で向けられた笑顔が甦る。それがあまりに優しい表情だったものだから、思わずシーツを握りしめていた。それから背を丸めて顔をシーツに押し付けると、声の震えを抑えながら呟いた。
「よしてよ、オルセラ……」

――――――――――――――――――――――

 ―手にした紙面には繰り返し目を通し、何度も読み上げる練習をしてきた。紙面の中の文章は、同僚や上司の力を借りながら丁寧に練り上げたものだ。家を出る前にもう一度、とファナは紙に書かれた文章を見返す。
(……もう何度目になるんだろう)
 そう心の中で溢しながらファナはこれまでのことを思い返した。仲間の協力を得て政治家になり、今までとは勝手の違う世界の中で尽くしてきた日々。時には議事堂で、時には貧民街で、何度もファナは人々に語り続けた。議会で演説を行うのもこれが始めてではない。
 
『成長したってことなのよ』

 夢の中で聞いた彼女の言葉を、今なら素直に受け入れられる。外征の許可をもらおうと宮殿近くへ向かったあの日、緊張のあまり一人の書司の前で言葉を散らかしていた自分。そんな自分が今は大勢の人を前にして正しく言葉を並べて伝えられている。それを思えば確かに自分は成長している。
 貧しい生まれである自分が政界という『未知』の場に挑めたのは、あの外征で同じように『未知』に挑んで来たからなのかもしれない。そんな風に思えた。
 条例文が書かれた紙をまとめ、最後にもう一度鏡を見て身なりを整える。一連の支度を終えるとファナは扉に手を掛けた。

 今日の議会では可決させたい条例がある。あの貧民街を救うための大事な一歩だ。今までもそうやって一歩を繰り返し、少しずつ進んできた。全ては『皆が笑って暮らせる場所』にするために。

 ファナは今日もまた、壇上に上がる。


作品名:また壇上に上がる 作家名: