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魔法使いとまほうのことば

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彼は歩くたびに異国の匂いがした。それもそうだと日本は思う。彼はこの国の人間ではないのだもの。日本はイギリスの、きらきらと輝く短く乾いた髪が僅かに揺れる、その後姿をただじっと見つめていた。これは何の匂いだろう。
 彼の髪から、うなじ、服にも染み付いているような、ほんのりと香る甘い匂い。日本の視線に気がついて、イギリスは日本を振り返った。一点を見つめるように視点の会わない彼の瞳を覗き込んで、「おい日本?」、とイギリスは彼に聞く。日本は、聞かれてとっさに返事が出来ないまま、あ、と小さく声を上げた。「薔薇の匂いですか」、そう聞くと、イギリスはきょとんと首をかしげ、「は?」、と日本に聞き返す。なにが、と逆に問いかけた。「何が、薔薇の匂いなんだ?」
「イギリスさん」
「おう」
「いやだから、イギリスさんがです」
「おう…………、うん?」、イギリスは答えて、日本の視線に耐えかねて、先に彼から視線をはずした。「イギリスさんから、薔薇の匂いがするんですよ」。日本は答えて、そっと微笑む。自分があんまりにもじっと、彼を見つめていたことに気付いて、「すいません、もうそんなに、じっと見たりしませんよ」、と、視線を泳がせ、照れて決まり悪そうにそわそわしているイギリスにそういった。
「いや、まあ、あの、いいんだ、別に」
「薔薇で思い出したんですけれど、イギリスさんのお宅の、薔薇の庭、すばらしい庭でしたね」。日本は、そういってイギリスの横へ並んだ。苔むした岩の上で、草履を鳴らす。「いや、日本のところの庭も、家にない魅力があって、俺は好きだぞ」、今日はつれてきてくれて、ありがとうな。照れくさそうにそう言って、緑の広がる庭を、イギリスは見遣った。


 彼は、イギリスは、日本が知る限り、魔法使いだった。

 あの庭に咲く薔薇の花は、まるで魔法がかかっているような美しさで、いつ彼の家を訪れても、変わらずそこに咲き続けていた。時間が止まったように、いつも鮮やかなままだったので、造花かと思ったくらいだった。庭の全貌を見せてもらったことは、まだ一度もなかったが、日本はあの庭の前に立つと、囚われてしまいそうな気がして、それ以上近づけないのだった。
 彼が魔法をかけているのだとしたら、それらすべてに合点がいく。
 彼からする薔薇の匂いは、きっとあの庭の薔薇の匂いなのだ。そんな気が、日本にはしていた。『見えないもの』は、もう本当に見えなくなってしまった彼だけれども、イギリスの魔法は、彼にも分かるくらい、とても分かりやすかった。
 彼に魔法をかけられた彼の庭は、彼をもう放すつもりなんてないのだろう。そう日本は思った。彼にかけられた魔法であるのに、もう彼の手を離れてしまっている。檻のように、彼をずっと閉じ込めるつもりなのだ。実際、彼は囚われているのだろう。薔薇の匂いがそれだ。香水はつけていないのだという。なのに、薔薇の匂いはずっと彼にまとわり付いている。別の地にいるのに、まるで彼は、彼の庭で、薔薇を背負って歩いているようだった。
「イギリスさん」
「ん?」
「イギリスさんは、魔法が使えるんですよね」。確かめるように日本が聞いた。イギリスは少し驚いたような顔をして、罰が悪そうに頬を指の先でかるくひっかき、ん、と僅かに頷く。皆、迷惑がるけどな。困ったように笑った顔を見て、日本も同じように微笑んだ。「私も、魔法が使えるんですよ」。
 日本の言葉に、イギリスは目を見開いた。彼がぱくぱくと魚のように呼吸をするのを止め、言葉をくちびるにのせてしまうまえに日本はそっとにぎった右手の甲で彼のくちびるを押さえて微笑んだ。「ただ、貴方のように万能ではないんです」、と日本は人差し指を立て、おまじないのような、軽いものです。と、その指を宙で一度、くるりと円を描くように回す。
「言葉には、魂がありまして」。口から出て行った言葉は何にでもなれるんです。「やさしい言葉をかければ、それは体を包むような、あたたかい毛布になりますし、傷つけるような鋭い言葉は、刃物になって相手に突き刺さります。その中じゃ、嘘ってやつが、一番特殊で、時と場合によってころころ姿を変えるんです」
「魂?」、そう聞いたイギリスに、日本はええ、と頷いた。「奴ら、私たちから生まれたくせに、私たちの意志でなく、勝手に生きるんです」。ええ、小さな魔法ですよ、貴方の魔法ほど、万能じゃない。ただ、勝手に生きて、姿をかえて、勝手に死ぬんです。

 多分、彼があの庭の魔法を、自分からまた、魔法をかけて、解くことはないだろうと日本は思う。けれど、ただ、知ってくれていたら、と、思うのだ。思い通りにならないことなんていくらでもあって、思い通りになることも、何も言わないままでは意味がないと言うことを。魔法なんて生まれないということを。

 イギリスは、日本が何故こんな話をするのか、その理由を考えあぐねて、ただ黙り込んでいた。日本の言葉が本当に生きているようにイギリスの心臓を先ほどからくすぐっていた。次第にちくちくと痛みはじめる。これは、日本の言うとおり、魔法なのだろうかとイギリスはぼんやりと思う。
 イギリスは、沈黙に耐えかねて、困ったように笑った。それから、踏みしめていた、ふわふわした苔の上から、そっと足をよけて、日本と同じように、硬い石の上に移動した。
 静かにささやくような葉の音に混ざって、石を擦るような音がたえず響く。「わざわざ魔法なんて使わなくなって、もともと魔法が使えるんです、わたしたち」、と、言った日本に、イギリスは答えなかった。


20100409 魔法使いとまほうのことば