煉義SS詰め
Speak Low
煉獄と冨岡の関係は曖昧だ。簡潔で明確に言い表すなら、同僚の一語。気兼ねのないだとか、親しいという副詞も当てはまるかもしれない。
煉獄としてはそんな誰にでも当てはまる言葉を、冨岡に使いたくはない。
だが、ふとした拍子に重なった眼差しで交わす、沈黙のうちの言葉と熱量は決して自分の勘違いではないと、確信するだけのなにかを煉獄は持っていなかった。
こんなにも弱気になるなんて煉獄自身信じられないが、恋とは人を臆病にさせるものらしい。
告白のきっかけを得られずにいた煉獄にとって、突然降ってわいたその一言は、僥倖と言うしかなかった。
「うちに泊るか?」
花火大会の見回りは夏の定番業務だ。補導した他校の生徒から悩みを聞くのにずいぶんと時間がかかってしまった。終電が終わっている。
同じような理由でほかの教師に取り残された冨岡がそう言ったとき、煉獄の心臓は一瞬鼓動を放棄した。
そうして上がりこんだ冨岡のアパートで、煉獄は落ち着かず正座している。
無粋だ野暮だと揶揄される冨岡らしく素っ気ない、だが生活感のある部屋だ。シンプルで、でもどこか温かい。
なにもないがと煉獄の前に置かれたのは、水の入ったグラス。コーヒーや茶葉を買い足し忘れていたと言う声は少し申し訳なさげだった。揺れる水面になんだか胸が詰まる。
古いCDラジカセのスイッチを冨岡が入れた。
「ジャズか?」
小さな音量で流れるジャズバラード。
「一緒に聴きたいと思っていた」
「なんて曲だ?」
冨岡の言葉に心浮き立たせながらたずねた答えは
「……スピーク・ロウ」
理由をたずねても答えない冨岡を先に風呂場へ押し込んだ煉獄は、検索した歌詞に真っ赤になった。
無粋だなんてとんでもない。
風呂場に駆け込みたい衝動を抑えるのに必死になる。冨岡の願いがこの曲ならば、愛の言葉は小さな声で、すべてが終わる前に今すぐに。
うるさい鼓動を持て余しながら、煉獄はゆっくり風呂場へ向かった。
夏の夜が更けていく。
※初出2021/1/6 お題:夏の夜の夢