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煉義SS詰め

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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ 没ネタ救済SS



「義勇、録画するからもう一回!」
 猫足の形をした電気カイロを手に、腹減ったにゃーなんて言ってみせた義勇へと、スマホをかまえて杏寿郎が叫ぶように宣った。
 さんざん写真を撮りまくったあげく、今度は動画か。あれだけ撮ってもまだ足りないのか。
 猫耳付きの着る毛布のどこがそんなにお気に召したのかわからないが、杏寿郎の興奮っぷりは果てしない。静止画が動画になったところで、大差はあるまいに。なんでそこまでと義勇は呆れ返る。言っちゃ悪いが、正直ドン引き寸前だ。
 約束どおりに着てやったし、撮影も許可したけれど、それっぽいポーズなど義勇は一度もしていない。着る毛布とはいえ服を身に着けているのだ。衝動や高揚感はすでに、理性やら自制心やらへシフトしている。顔だってずっと無表情だ。
 カイロを手に「にゃー」など言ってみたのは、義勇にしてみれば、これでおしまいの合図のつもりだった。義理は果たしたとやりきった観すらあったが、義勇の思惑とは裏腹に、杏寿郎のボルテージは一気にうなぎのぼりだ。これはもう、裏目に出たと悟らざるを得ない。なぜだ。義勇なりにかわい子ぶってはみたが、ぶっちゃけ棒読みだ。頑張っても今はこれが精一杯ってなもんである。
 だというのに、杏寿郎の目はキラキラを通り越して、ギラギラしている。全国大会の決勝戦でも見たことのない気迫と真剣さだ。いや、まばたきをしろ。凝視しすぎだろう、穴でも開ける気か。あ、もう開けられてたんだった。今度はどこを開ける気だ。って、そうじゃないだろ、俺。

 激しくくだらない方向に思考が流れるのを、無理やり引き戻して、義勇はジトッと杏寿郎をにらみ据えた。頬の横に掲げた猫の足カイロはそのままで。
 高感度冨岡センサー搭載と揶揄される杏寿郎だが、義勇の呆れと苛立ちは残念ながら伝わっていないようだ。ポンコツめ。疲労が体ではなく知性に全部いってるんじゃないかというぐらい、杏寿郎は猫耳義勇を愛でるのに余念がない。日ごろの成績優秀、文武両道な好青年っぷりはどこいった。
 それでも腰をマッサージする様は至極真面目で、不埒な動きなど一切なかったし、真剣に義勇の体調を案じていたのは、杏寿郎らしいとも言える。今だって、ただただ猫耳な義勇をスマホに収めたいだけらしく、もう一ラウンドなんて気配は微塵もない。
 最中に、猫語であえいでみてなんておねだりをされないだけ、マシなのかもしれないけれども。それにしたって、これはどうなんだろう。

「義勇っ、にゃーってもう一回! なにとぞお願いします!!」

 必死か。

「……三遍回ってワンって言ったら、言ってやる」
 冗談、というよりもむしろ、おかんむりですと示すつもりで言ったのに。

「ワン! これでいいか!?」

 ……やりやがった。必死か。俺がにゃーって言わなきゃ死ぬってぐらいに必死か。

 ハァッと深いため息をついて、義勇は、右手に持った猫足でちょいちょいと、杏寿郎を招いてみせた。杏寿郎の喉仏がゴクリと上下する。素直に距離を詰めてくるのはいいが、スマホをおろせ。あと、まばたきをしろ。
 ズイッと近づいた杏寿郎の顔に、義勇はニッコリと笑いかけた。杏寿郎の頬が花咲くようにパッと紅潮する。

「いい加減にするにゃん。腹減ったって言ってるにゃー」
「ぅぐ!」

 ゴツンッと音がするほどに、思い切り杏寿郎の脳天に猫足カイロを振り下ろした義勇は、まだ笑顔だ。ただしこめかみには青筋が浮いている。声だって棒読みどころかドスが利いていた。自分でもかわいげないなと思わなくもないが、さすがに杏寿郎だって正気に戻るだろう。そう信じていたっていうのに。
「猫パンチだにゃー。どうだ、いい加減に目が覚めたかにゃん」
「……っ、ありがとうございます!」

 あ、駄目だこいつ。

 痛そうに頭を抱えたくせして、スマホは微動だにさせず録画し続けている杏寿郎に、義勇の表情筋が虚空へと飛び立っていった。
 不死川たちがチベスナになる気持ちを、はからずも理解してしまった気がする。これはもう、満足させて終わるよりないんじゃなかろうか。
「……もう、好きにすればいいにゃん」
「本当か!? じゃ、じゃあ、猫が伸びするみたいにして、杏寿郎撫でてほしいにゃあって言ってくれ!」

 スマホの容量いっぱいまで撮影しきってツヤツヤピカピカした杏寿郎の輝く笑顔と、すっかり表情やら生気にさようならした義勇の無を極めた顔を残して、恋人たちのクリスマスの朝は過ぎていった。


※初出2022/2/19
作品名:煉義SS詰め 作家名:オバ/OBA