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店のドアに掛けた「営業中」の札を裏返してかれこれ一時間ほど。
たまたまいいものを見つけたから、とワインを手にやって来たクロウリーは、その中身との相性が良すぎたか世間話の途中で大の字に、もとい二人がけのソファーで余る手足を投げ出してぐっすり眠っていた。

クロウリーと私とで代わる代わるグラスを空にする間、彼は上機嫌で酔っぱらい普段よりもさらに饒舌で、楽しさのあまり踊り出しさえもしたが、無邪気な笑い声の隙間をぬうように彼の瞳が幾たびも翳りに揺れるのがみえて、私の胸はひどくざわざわした。

クロウリーとの付き合いは長い。彼が私のところへ酒瓶を揺らしながらやって来るときは、話したくない「何か」があるときで――本人は決して認めようとはしなかったが。
私には神のように全てを見通す力こそないけれど、隠されたものの匂いにはとても敏感だ。なのでクロウリーが見せまいとしている「何か」に彼よりも先に気づき、知らないふりをすることができた。
そうして何度も知らないふりをした彼の「何か」は所謂嘘ではない。嘘ではないので、天使である私から訊ねることはできないのだ（裁きが必要なわけでもないし）だからこそ、彼は他でもない私のところで酔いつぶれるのだろう。

クロウリーは騒々しい祭りを終えると糸が切れたように動かなくなる。しかもよくよく様子を見ると、寝相で潰してしまわないようお気に入りのサングラスだけは自分で外して寝落ちている。まったく器用なことだ。
私は彼の手からサングラスをそっと抜き取り、すぐ近くのテーブルへ置いてやった。それから彼の側に膝をついて鮮やかなレモン色の瞳の上に自分の手のひらをかざし、ゆっくりと左右に振ってみたが、彼はぴくりともしない。
「クロウリー」
まず扉一枚隔てた先に呼びかけるように。
「クロウリー？」
続いて耳元を抜ける風のように。しばらく待ってみても、彼が私の呼びかけに反応するそぶりはなかった。
「人間のように、眠ってしまえば楽になるのかい？」
この世の刺激を遮断して、天使の隣で動かなくなる悪魔など、君の他にはいないだろう。少なくとも私は知らない。その大胆さは何故か。君にとって、私の気配が満ちたここは息苦しくないのか？

私はクロウリーの前髪に人差し指の背を往復させ、しばらくの間さらさらした彼の髪の手触りを楽しんだ。
「……さてと。私は二階に行くよ。目が覚めたら、君もくるといい」
私の言葉にクロウリーの唇がかすかに動く。安堵した私は、しずかに彼の額へ唇を押し当て、その場を離れた。‪
2019.07.30‬.