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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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「ぎゆさんも髪の毛乾かさなきゃ! 風邪ひいちゃう!」
 言うなりすくっと立ち上がった禰豆子は、義勇ににこっと笑いかけた。禰豆子が心細くならないよう、炭治郎がいつも笑顔をみせてくれるように。
「タオル持ってくるね。ぎゆさんはお水飲んで待ってて!」
 もの言いたげな義勇の視線を振り切って、禰豆子はとととっと小走りに座敷を出た。大浴場はどっちだったかなと辺りを見回す。義勇を心配してたから、道順をよく覚えていない。
「んっと……どっちだったっけ?」
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
 迷子だとでも思ったのだろう、首をかしげている禰豆子に、やさしそうな小母さんが声をかけてくれた。
「あの、大浴場はどっちですか?」
「あぁ、それならこの廊下を進んで突き当りを右よ。大きな暖簾《のれん》がかかってるからすぐわかるわ」
「ありがとうございます!」
 教えてくれた小母さんに、きちんと頭を下げてお礼を言う。小母さんが一緒に行こうかと言ってくれたけど、禰豆子は大丈夫と笑い返し一人で歩き出した。

 禰豆子だってお姉ちゃんなんだもん。一人でも迷子になんてならないもん。

 それに、禰豆子には義勇の介抱をするという重大な使命があるのだ。早くタオルを持って義勇のところに帰らなくちゃ。意気軒昂に禰豆子はずんずん進んでいく。
 廊下の突き当りを言われたとおりに右に曲がると、暖簾が掛かった入り口が見えた。
 臙脂色の暖簾にちょっと首をかしげる。
 みんなで入ったときは紺色じゃなかったっけ? 不思議だったけれど、でも小母さんはここって言ったはず。禰豆子はあまり気にせずとことこと暖簾の下を入っていった。
 禰豆子は銭湯にくるのは初めてだったし、暖簾に書かれた『男』や『女』という文字も、まだ習っていない漢字だったから。
 脱衣所にいるのが女の人ばっかりなことにも、疑問を感じなかった。いつも入るお風呂だっていつも炭治郎や竹雄とも一緒だし、お父さんと禰豆子や花子が一緒に入ることだってある。さっきだって義勇たちと一緒だった。

 だから知らなかったのだ。男の人と女の人は、別々のお風呂に入るなんてこと。

 見回しても炭治郎たちはどこにも見当たらない。きっとお風呂場にいるんだろう。わざわざ声をかけなくてもいいよねと決めて、禰豆子は壁にずらっと並んでいるロッカーに近づいていった。
 フロントで貰ったリストバンドと同じ番号のロッカーに、禰豆子の着替えとタオルが入っているはず。青いリストバンドに書かれた数は87。真菰が花って読めるね、禰豆子ちゃんにぴったりと、真菰のほうこそかわいいお花のように笑っていた。真菰はもう漢字も読めるのだから、本当にすごい。


 お花お花と言いながら見つけたロッカーに、リストバンドに付いている鍵を差し込む。
「あれ? なんで開かないの?」
 禰豆子は知らない。男性用のロッカーと女性用のロッカーでは、リストバンドの色も違うなんて。宇髄たちと一緒だからと、男性用のロッカーの鍵を渡されていることなんて、思いもよらない。
 困ってしまってきょろきょろと周りを見回した禰豆子は、さっき入ってきた入り口とは別に、奥へと続くドアを見つけた。
 服を脱いでいたときに錆兎が、あれがツリーハウスのある中庭に続いてるみたいだと言っていたドアに似ている。そういえば露天風呂の後はみんなでツリーハウスに行こうとも言っていたっけ。
 ホッとして禰豆子はドアに駆け寄った。
「ツリーハウスって書いてある! ここだぁ」
 きっと炭治郎たちもツリーハウスにいるだろう。そしたらロッカーを開けてもらってタオルを出して……と、考えながら向かったツリーハウスには、遊んでいる子供たちが何人もいてにぎやかだ。思わず禰豆子は、わぁ! と目を輝かせた。
 大きな木の上にはかわいいお家。太い枝にはいくつも縄梯子やロープがぶら下がっていた。子供たちがそれを競争するように登りあっている。直接木登りに挑戦している子もいた。
 お家の周りにはぐるりとテラスがついていて、下で見ている大人たちに手を振っている子がいた。みんな笑顔で、楽しそうだ。テラスには木の階段もあって、小さい子はそこからツリーハウスに上がるんだろう。ツリーハウスの裏側にはすべり台まである。順番待ちしている子供がテラスに並んでいた。
 公園にあるのよりずっと大きいすべり台を、キャアキャアと声を上げて子供たちが滑り降りてくる。あんまり楽しそうで禰豆子も少しそわっとしたけれど、大事な用があるから遊ぶのは後回しだ。
「お兄ちゃんたちどこかなぁ……」
 木の周りにあるブランコやハンモックにも、大人たちが座っているベンチにも、炭治郎たちの姿はない。お家のなかにいるのかなと階段を登ってみたけれど、やっぱり誰もいなかった。テラスから見まわしても、宇髄や煉獄の姿だってどこにも見えない。
「みんなどこ行っちゃったのかな」

 もしかして、炭治郎たちはお風呂にいるんだろうか。でもロッカーが開かなくちゃウェアをしまえないから裸になれない。服を着たままお風呂場に行っていいのか、禰豆子にはわからない。

「どうしよう……」
 しょんぼりと肩を落として階段を降りると、あれ? と声がした。
「やっぱり竈門だ。竈門も遊びに来たのか?」
 男の子の声に振り向くと、同じクラスの不死川就也が立っていた。双子で隣のクラスの弘も一緒だ。
「就也の友達か?」
「うん、俺と同じクラスの竈門禰豆子」
 就也たちに炭治郎よりちょっと大きいモヒカン頭の男の子が話しかけた。就也たちのお兄ちゃんだ。就也や弘と一緒に学校へ来るのを見たことがある。三年生だし、就也たちは春休みに引っ越してきたので、禰豆子はまだお話したことがない。
 ふーん、と、ちょっと怖い顔で禰豆子を見る男の子の顔には、大きな傷があった。痛そうだと禰豆子は思わず眉を下げた。でも炭治郎だって痣があるけど痛くないよって笑う。このお兄ちゃんも痛くないといいなと思いながら、じっと見つめていると、就也たちが近づいてきた。
「どうしたんだ? 誰か探してんのか?」
 モヒカン頭のお兄ちゃんは、禰豆子よりちっちゃい女の子の手を引いている。花子と同じくらいの子だ。後ろをついてきた女の子は二人。仲良く手をつなぎ合っていた。
「ここな、俺たちの母ちゃんと実弥兄ちゃんが働いてるんだぜ。今日は玄弥兄ちゃんと一緒にみんなで遊びにきたんだ。こっちが妹の寿美。こっちはことと貞子」
 どこか誇らしげに弘が言うのに、禰豆子はこんにちはと頭を下げた後、玄弥を見上げてこっくりとうなずいた。
「あのね、お兄ちゃんたちがいないの。禰豆子、早くぎゆさんのとこに行かなくちゃいけないのに……」
「なんだ、迷子になったのか。兄ちゃんのくせに妹置いてくなんて、しょうがねぇヤツだな」
 少し怒った声で言う玄弥に、禰豆子は思わず眉をつり上げた。
「違うもん! 禰豆子はぎゆさんのお世話してたのっ、お兄ちゃんが置いてったんじゃないもん!」
 禰豆子がプンッと頬をふくらませたら、玄弥はちょっとビックリしたみたいだった。それでも。
「悪かったって。けど、一人じゃ兄ちゃん探すの大変だろ。一緒に探してやるよ」
 そう言って笑ってくれる顔は、最初の印象よりもずっとやさしい。