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是真爱

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水底にあった意識が、ふうっと浮上していく。目を開ければ__といっても、真実自分が両の眼を開いたのかさえ判然としなかったのだが__そこにはただただ途方もなく広がる空虚な空間があった。空洞、無限、永遠……そう言い換えても良いかも知れない。
 天も地も無く、前後左右も存在せず。自分が果たして何処に居るのか、立っているのか伏しているのかもまるで解らない其処が“量子空間”だと察しがいったのは、私と一体になっている、他ならぬグラハムの意識がこの不可思議な体験を以前にも数度味わっているからなのだろう。
 「この渺茫たる空間に至ったのは久々のことだが……「私」を呼ぶこの思念波は誰のものだ……? 」
 彼の意思が表層に浮上するのもまた、随分久しぶりのことだ。きいんと音叉のように反響する声なき声を追って、グラハムは自身の感覚を研ぎ澄ませていく。ハワードではない。ダリルでもない。教授でも、他の隊員たちでもなく、これは……。

 『生きたままこんなところまで辿り着いちまうとはな。お前さんにはほとほと呆れたもんだ、若造』

 「しょう、さ……? スレーチャー少佐!」
 グラハムが発した言葉に、少なからず驚いた。スレッグ・スレーチャーという人物がこの肉体のコンシャスネスと強く惹かれ合っていることは諒解していたが、まさか集合意識となって半世紀以上を過ぎた一個の人格をこうして呼び覚ましてしまうとは、グラハム・エーカーとは本当に規格外の人間だ。
 曖昧模糊としていたビジョンが、徐々に人の形を成して行く。グラハムもまた、ELSである自分と結びつく以前のような翠緑色の瞳をした青年の姿を現していた。
 「よもや……他でもない貴方に、再びお逢いする日が来ようとは夢にも思っていませんでした……少佐。貴方は、きっと今なお私を恨んでいらっしゃるだろうと」
『ふん、そりゃお前さんが俺を恨みに思ってたんだろうよ。あの模擬戦よりずっと前からな。違うか』
 渋い顔を作って混ぜ返すスレーチャーに、グラハムは顔を俯向けて「それは……それこそ、貴方が私を遠ざけたから」と反駁する。
 スレーチャーは決して愚鈍な感性の持ち主ではない。グラハムが抱く願望の形に気付いていながら彼が自分に娘を充てがったのは、明確な拒絶の意思に他ならないと悟ったからこそ、グラハムはそのフラストレーションをいつしかガンダムへの妄執にすり替え、自己卑下を拗らせ続けていたのだ。
 「私が貴方を父の代用のように慕ったことが貴方の重荷になったのは、私とて承知の上だ。ですが私には少佐こそ父だった!その確信があった!だからこそ私は彼女を受け容れることが……」

 『若造は何にも変わっちゃいねえ。人を超えただか何だか知らんが、俺にはあの日と変わらん阿呆にしか見えんな』

 唐突な雑言に、グラハムは「なッ」と呻き声を漏らす。
 「い、幾ら貴方であってもその物言いは失礼千万では!? 私のセンチメンタリズムに満ちた回想に阿呆だなどと……」
 『誰が好き好んで、そんじょそこらの一兵卒に命より大事な一人娘を遣ると思う』
「えっ……? それは」
 グラハムが言葉に詰まったのも無理はない。彼はその答えを知らないどころか、考えたことさえなかったからだ。自分の思いにばかり固執して、スレーチャーの行為の真の意図を慮ることが遂に出来なかったグラハムの姿は、人の誤解、誤謬、憎しみの種の象徴のようなものだ。
 彼と結びついたことで自分にも知覚することが出来るようになった、矮小で愛すべき人間の歪み。
 『お前さんなら良いと思ったからだ。つくづく俺に悪いとこばかり似やがった、若きエースパイロットならば、ってな』
「私が? 少佐とですか」
 スレーチャーは照れ隠しのつもりか、『要領悪く出世と縁遠い生き様がさ』とぶっきらぼうに言い放ったが、グラハムは面映そうに「思ってもみませんでした」と応えた。
 『それをあっさり断って、俺のほうがよっぽどお前さんに嫌われているもんだと思ったよ……目の上のたん瘤だと』
 そんな風にすれ違っていたことにも、今初めて気がついた。グラハムが「そのようなこと、私が思う訳がありません」と返すと、スレーチャーは今なら分かるさと苦笑する。
 『とどのつまり、若造と俺との意思は同じだったんだな。それが、ベクトルが違ってたためにすれ違い続けた』
「人が人である以上、そして言葉に頼って生きている以上多少の誤謬は避け得ないことです。その複雑に絡み合った思いの糸を解く作業こそ、アチーブメントの為に必要な、我々人類の……」
『ガキみたいな面して、ますます賢しいことを言うようになったもんだな』
 要はこういうことだろうと、スレーチャーはグラハムのバターブロンドの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。もっとも、これは物質世界で起きた出来事では無いのだから、実際の肉体を介さないアストラル体同士の交流ということになるが。
 『お互い用は済んだろ? お前さんはもう帰れ。此処に若造の居場所は無えよ』
「ええ。口惜しさは残るが……そのようです。今の私には守るべき光がある」
 グラハムは頷く。いずれ全てを終える日が来たら、その時には意識の束となって溶け合うことも叶うだろう。それまでは、グラハムも自分も、すべきことを続けるだけだ。
 
 『最後に一つ言ってやる、よく覚えとけ。俺には子供が二人居る。一人は母親に似て器量も気立ても良い愛娘だ。もう一人は__』
 量子空間に広がっていたイメージが、少しずつまた霞んでいく。グラハムは無意識の内に手を伸ばしていた。
 「少佐!しょっ……」
 もうこの領域は保たない。彼の魂はまた、宇宙へと帰っていく。私達の意識も直に、現実へと引き戻されるはずだ。それでもグラハムの脳を通して、私の中枢には確かな声が響いた。だからはっきりと言える。グラハムと彼とは、真に解り合うことが出来たのだ、と。

 『よりにもよってユニオンのトップガンの異名なんざ継いじまった、父親似の馬鹿息子だ』

 「父さん……っ!」

 そして私は今度こそ、実際に瞼を開いた。いつの間にかこの肉体は、居眠りしていたらしい。すっかり平和そのものの世界に慣れきった所為もあるが、刹那とは異なり自分と結びついても睡眠を必要とするグラハムの身体は、未だに人間であった頃の名残りを引き摺っているのだろう。
 「眠っていたのか? 私は」
 ほど近くにある湖を望みながら私が言うと、傍らで古めかしいハードカバーの本に目を落としていた刹那が「ああ」と言葉少なに応えた。ふと目が合って、彼は訝しげに私を覗き込む。
 「お前、何で泣いてるんだ? 」
「泣いている? 」
 そこで頬に手をやって、ようやく自分が涙粒を零していたことに気が付いた。まだ微かに熱を残した雫が、手のひらですうっと溶ける。
 「私は……何故だろう? 解せんな。涙など流す必要が無いというのに」
「夢でも見ていたんじゃないのか。人間は眠れば記憶を整理して、その結果夢を見る」
「夢……か」
 そういえば、つい先刻まで何か大切な思念を受け取っていた気がする。私にとっても、この身体にとっても重要な意識、想いの込められた波動を。
 「そうだな、少年の言う通りだ。私は夢を見ていたらしい」
「内容は覚えてないのか」
作品名:是真爱 作家名:月辺流琉