D.C.III.R.E
俺達は清隆の勧め通り、一度受診してみることにした。
後日、結果を受けた俺は相当なショックを受けた。ただ同時に納得感もあった。清隆の考えが分かった気がした。
それはこの事を清隆達夫婦に告げた時のことだった。
「なるほど、ユーリが男性側の不妊症だったわけね」
「ああ」
「ホントびっくりですよ」
「カレンはそう言うけど、ユーリはなんか腑に落ちてるような顔ね」
「なんとなくだけどな」
「やっぱりですか」
そう言うのは清隆だった。
「あら、貴方も何か気になってたの」
「うん。俺も呪いに関して色々研究してたわけだから、なんとなく思っただけなんだけど、もしかしたらユーリさんに掛けられた呪いって、ただ生き続けるだけじゃないのかなって」
「どう言うこと?」
「……これ、言っても良いんでしょうか?」
清隆が俺の顔を窺う。
まあ、そりゃそうか。
「構わん。お前の考えを聞かせてくれ」
「分かりました」
清隆は咳払いをして話を続けた。
「ユーリさんにとって大切なものは家族。文字通りですが、そこに引っかかるものがありました。ユーリさんの呪い、<最後の贈り物>で大事なものを失うのであれば、魔法を失うのは違うのではないかと」
「……ああ、そういうこと」
ここまで聞いただけでリッカも理解できたらしい。
カレンも神妙な面持ちで頷いている。こちらも気づいたか。
「うん。家族である両親そのものとこれまでの家族との繋がりである魔法。そしてこれからの家族との繋がりになる。ユーリさんが本当に失ったのは、家族」
説明を受けた病院からの帰りの道中、ここまでは俺も考えた。
たまたま不妊症だった可能性も否めないが、そこが引っ掛かった。何故なら俺は不老不死であり、18歳の体から老いることは絶対にない。加齢の抑制によることが原因だとしたら、リッカが同じような状態になるはず。しかしそういうことはなく、彼女たちの二人の娘がそれを証明している。
そして俺は、改めて俺の身に起こっている事象を整理した。
俺が失ったものは魔法とこれから子を成す為の術。
ではどうして魔法を失った?魔法は俺が親から授かった誇りであり、アイデンティティ。しかも俺が得意とした魔法である<Relationの魔法>、もとい<縁の魔法>は一族秘伝の魔法だ。
ではなぜ俺は禁呪を行使した?無論親を取り戻す為。まだ青い考えの元、寂しかった心を埋める為に禁呪に手を出した。
ここまで考えれば、おおよその考えはつくわけであって。
「ユーリさん」
気付くとカレンが俺の裾を摘まんでいた。不安そうな顔をしている。
彼女みたく心を読まなくてもわかる。心配してくれているのだろう。
俺は黙ってその頭を撫でた。
● ● ●
「ありがとうな、カレン」
「何が?」
「分からないなら、いい」
「なんだよそれ」
気にしていないのか、そうじゃないのかは分からない。
でもカレンにとっても子供の事は諦められることではないだろう。
それなら俺は彼女の人生の糧となれるよう、精一杯生きよう。少なくとも子を成せないなりに、彼女と幸せになれるように。
俺は意味が分からないといった顔で唇を尖らせる彼女を撫でていた。
◆ ◆ ◆
その日も俺は清隆の魔導書の解読を進めていた。
残りは少なくなっており、そろそろ解読が終わってそれを清隆達に報告できるだろうと考えていた。
そんな折だった。
書いてある内容が怪しくなってくる。
確かにここに書いてある内容は呪いを解くことに関することだ。しかし俺の求めているものと違う内容が書いてある。
まさか。
まさか、そんな。
まさかそんなことは。
「……っ!」
気付いたら俺は拳を振り上げ、机に叩きつけていた。
バタバタと音が聞こえる。
「ちょっとどうしたのユーリさん!」
大きく戸を開ける音とカレンの声が聞こえた。
俺はゆっくりと部屋の入り口を見た。
「ユーリさん……」
止めてくれカレン。
俺はそんな顔見たくない。
「私だってそんな顔見たくないよ!」
駆け寄ってきたカレンに抱きしめられる。
「どうしたのさ……って、聞くまでも無いか」
頭の中がぐるぐるしている。
俺も考えがまとまっていないらしい。
「大丈夫。ちょっと覗くね」
カレンが俺を抱きしめたまま魔法を使う。
恐らく俺の心を読んでいるのだろう。
少しの時間の後、カレンは俺を離した。
「うん、大体理解した。これは相当だねぇ」
「……悪いな、魔法まで使わせて」
「いいよいいよ、こんな時だもん。しかも読めた結果がこんなものだったら、ねぇ。さて、もうひと仕事だね。ユーリさん、魔力貰うね」
「ああ」
おおよそカレンが何をしたいかを理解できた。
俺は魔法陣を展開し、カレンと俺の間に魔力の懸け橋を作った。
「ん、ありがと」
カレンはさらに魔法を使い、周囲に住む人の印象操作をしていった。
今日は平穏な日常。俺達の家では、変なことはなかった。
そう言い聞かせるような魔法だ。
「……ふう。ごめんユーリさん。隣の家一件だけはどうしようもなかったよ」
「あいつらはどうしようもない。なんせ大魔法使いの夫婦だからな」
「だね。落ち着いた?」
「ああ、なんとか」
俺は改めて自分の部屋の状況を確認した。
叩いた場所を起点に机が真っ二つに割れている。その破片は赤く染まっている。恐らく俺の血だろう。
俺の手も血に濡れていたが、傷と言う傷はなかった。いや、無かったことにされていた。
つくづくこの呪われた体は嫌になる。
「さて、騒がしくなる前に片付けちゃお」
言いながらカレンは飛び散った破片や反動で落ちた本棚の本を片付けていく。
「そうだな」
大きく溜息。
そして俺も片付けと修復を手伝う。流石にカレンだけに任せておくことは出来ない。
「……こんなもんか」
おおよその片付けが終わった頃
バタバタと玄関付近から音が聞こえる。流石に誰が来たのかは察するが。
「ちょっとユーリ、カレン!何があったのよ!」
俺の書斎の入口に目を向ける。
そこにいたのは無論、清隆リッカ夫妻。その顔の眉間には皺が寄っていた。
……と、こんなことを考えている場合ではないか。
「悪い、ちょっと俺が取り乱してしまってな」
正直に話す。こればっかりは隠しても仕方ない。
「私も完全にを把握しているわけじゃないけど、原因はこれだよ」
すかさずカレンがフォローしてくれる。
その指差す先には、清隆から預かった魔導書があった。
「あっ……」
まったく、察しのいい夫婦だ。どうやら俺の言いたかったこと、理解したことがわかったらしい。
「……まあ、そういうことだ。ただ、今の俺はまともに話せるような状態じゃない」
「そうでしょうね」
うつむき気味の清隆をフォローしながら、リッカが返事をする。
「だから、改めてちゃんと話す。それと、頼みがある」
「何よ」
「姫乃を呼んでほしい。あいつにもちゃんと話してやらないと」
掛けた眼鏡を外しながら、俺はリッカを見据えた。同時に顔を上げた清隆にも目線を向ける。
恐らく俺の眼差しは真剣そのものだったのだろう。
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr