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新しい世界

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「……なんですって?」
「紹介しなさい」
 今度の落ち着いた母の口調は、やけに強調されていた。
 絢音は泡を食った表情で説明する。母と話すとどうもうまくいかないのだ。
「紹介しなさいですってぇ? だからまだただの友達だって言ったじゃない」
「最初はみんな友達から始まるの」
 落ち着いた母の声が、絢音を見つめるその強烈な視線を更に強化する。
「お母さんとお父さんだって、最初は友達だったの。みぃんな初めはそうなの」
「ただのクラスメートだったんだよ」
 振り返ると、父は澄ました顔で、絢音に――うん――と上品に頷いてみせた。
「………」
「最初が肝心なの」
 母は厳格に肩を怒らせて腕組みをした。
「友達のうちに、家族に紹介しておきなさい。そうしたら、もう安心だから」
「………」
「食後でもいいからちょこっとここに連れて来なさい。ね? せっかく家族が全員揃っているんだから」
「そうだな、それがいいよ絢音」
「………」
 ちらりと確認した時計は、すでに夕刻十九時四十分を示していた。

       3

 各ブロックに分けて陳列された長机とパイプ椅子。ホワイトボード。細長いスチール製の棒で、講師のようにホワイトボードを示している女性。その言葉に食い入るように耳を傾けている二十数名の聴衆者。
 新内眞衣は首をこきりと鳴らして、天井の蛍光灯を見上げた。
「ねえ、来ないじゃんか」
 新内の隣でだらしなく欠伸(あくび)ばかりを漏らしていた堀未央奈が、退屈そうに耳打ちした。
「来てない、ねえ……」
 新内は天井を見上げたままで、ぽつり、と答えた。
 先ほどからこの二人は耳に見えない栓(せん)をしている。講師のような男性が先刻から徹頭徹尾に少年犯罪について熱く語っていたが、まるで上の空である。
「絢音の嬢ちゃんが来なきゃ仕方ないじゃやないのよ……ねえ、……ねえって」
 堀は新内の耳そばで小声で言う。
 新内はふうんと鼻息を漏らし、講師の頭の上にある時計を見た。――時刻は二十時三十分をまわっている。つまり、この集会が始まってからすでに三十分が経過していた。しかし新内と堀がここに到着したのは十九時四十五分であるから、実際には四十五分間を退屈している事になる。
「お嬢は、今日は来ないのかな?」
 新内は片眉を持ち上げて堀に呟いた。
「ほうらでなすった……。絢音が来ないんじゃ話にならないじゃんか」
 堀はむすっと頬杖を付く。
「あんたがあそこに出て行って、愛娘(まなむすめ)の話をした方がまだマシよ」
「世間一般の認識だと思って聞けば、それなりに勉強にはなるよ」
「なるかっつうの」
「参考にはなるよ?」
「あぁ……、煙草吸いたぁ」
 堀は昨夜、新内のマンションに泊まった。本当ならば次の日――つまりは、今日である――午後の前には帰宅するはずなのであるが、この日、堀の携帯電話に娘の友人の母親から、堀の娘が友人宅に宿泊するとの電話があったので、堀は帰宅を明日に延ばした。仕事場には新内のマンションからそのまま向かえばいい。
 それもこれも全ては鈴木絢音が二週間に一度必ず参加しているというこの講習会覘く為の決断であった。
 二週間に一度、定期的に開かれているというこの講習会は『リセット・プログラム』という少年犯罪について話し合っているホーム・ページが主催する講習会であった。
 『リセット・プログラム』は、山崎怜奈(やまざきれな)という慶応義塾大学の教授が提供しているH・Pで、少年犯罪に携わる諸本を出版している数多くの民間企業がスポンサーについていた。――援助された寄金は全てこの講習会場にあてる家賃に使われている。
「私はね、絢音がここで腹を割った話をしてるっていうから、しぶしぶついて来てあげたんじゃない」
 堀は煙草を吸えない苛立ちを新内に向ける。堀未央奈といえば、署内でも有名なヘビースモーカーであった。
「なのにあんた、来てみりゃ当の本人がいないじゃないのよ、ねえ、おい」
 ――どうなのよ、これって――堀は嫌味たっぷりに吐き捨てた。
 講師の力説は佳境に入っている。
「そのうち来るよ」
 新内はまた天井を見上げた。――堀はまだぶつぶつと何か文句を言っている。
 一つだけ、灯りが切れそうな蛍光灯があった。
「未央奈、」
 新内はこきりと首を鳴らして、堀を見た。
「どうして今の少年少女は、すぐ切れる?」
 堀はしかめた顔のままで、きょとんと新内を見た。
「すぐにぶちんといくでしょ?」新内は眉を持ち上げて言った。「どうしてだと思う」
 ――そりゃあ、――堀が一度その言葉を切った時、ホワイトボードの前で力説していた講師が――はい、ではあなた、すみません、あなたです――と堀を指して言った。
「は?」
 堀は素早く己を指差し確認する。
「あたし?」
 講師はうんむと頷いた。
「R指定のブルーレイDVD、ネット動画や画像などを子供達に見せない為には、どうしていったら良いとお考えですか?」
 講師は初めからそうなのか、異様に肩を怒らせている。顔の表情は顕在的に頼りなく、じっと堀の返答を待ち構えていた。
「どうしていくって、あるもんは見るでしょうが」
 堀と新内は縦に二列、一列三つに分けられた机席の一番後方、右列の右端の席に座っている。その為、前の席にいる全ての人間が無理な体勢で堀を振り返っていた。
 新内はふんと鼻を鳴らして静かに笑った。
「あるから、見ると?」
 講師は薄く微笑んでから、すぐにもとの幸薄い顔で尋ねる。
「それは興味深いですねえ、では具体的にどうすれば改善してゆけるとお考えですか?」
 堀は新内の顔を無表情で一瞥した。そして低い声で言う。
「改善も何も、随分と難しい事を聞かれますね先生」堀はくくっと息を漏らした。「だってDVDにはシールが貼ってあるでしょう? ありゃR指定のマークで、借り手がそれを見落としても、貸し手は見逃しませんよ」
「元を正して企業作業員に責任の一端があると、企業作業員に責任ある行動と判断を持たせる、という事ですか?」
 講師がそう言うと、堀は悔いっと素早く首をひねった。――新内はひやりと息を呑む。堀のその仕草の後には決まって――てやんでえ――の類が出るのであった。
 しかし、この日の堀は軽い溜息を漏らすだけであった。
「いいでしょう。では、そのR指定のブルーレイ、またはDVDを、どうにかして子供が入手したと仮定しましょう。携帯電話で、刺激性の強い動画や画像を拾ってしまうかもしれない」
 講師はぐいと眉を引き上げて堀を見た。
「では、この場合はどうすればいいでしょうか?」
「先生、」堀はいつもの渋い顔になってあごを上げた。「この場合この場合って、そうやって空いた穴を埋めていってもたかが知れてるんですわぁ」
 ――では、何かご意見がおありなのですか?――講師は熱弁時の真剣な顔に戻った。会場にぴりぴりとした雰囲気が漂い始める。
「意見はこれしかないですけどねぇ、それを強化するしか無いんですよ」
 堀はむんと口の筋肉を一度可笑しな形で止めてから、話し始めた。
作品名:新しい世界 作家名:タンポポ