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誰にだってあるもの

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「ごめん、チェリーをそえるのはアイスカフェラテを頼んだ人だけのサービスで……、チェリーのオモチャっていうのは、つまり、ただの、冗談よ」
 秋月奏は両手を開いて笑った。
「おい笑えよみんな、ジョークだって。ジョークの国だぜ、ここは」
 飛鳥と坂根双葉は苦笑し、ウェイトレスは呆れた笑みを浮かべて引き返して行った。
 秋月奏は機嫌良さそうに飛鳥を見る。飛鳥も、その視線に気がついた。
「飛鳥、どうせならもっと親睦を深めようぜ。飛鳥のナンバー、教えてくれよ」
 飛鳥は、物思いに耽るような表情をする。
「ん~、私はねえ、なんっか、生まれたのは三番目なんだけど、なんっか、昔っから1番、て感じするんだよね~……。だから、1番」
「あ?」秋月奏は表情を曇らせた。「なんだよ1番って……」
「私のナンバーでしょう?」飛鳥はあっけらかんと答える。「だから、なんとなく、1番だって」
「テレフォンナンバーきいてんだよこっちは!」
「ふん、興奮すんなガキ……」飛鳥は苦笑した。「ジョークの国よ?」
「でえ、テレフォンナンバーは?」秋月奏は睨む。
「わっすれた」飛鳥は視線を逸らした。
 坂根双葉は、改めた態度で飛鳥を一瞥する。
「飛鳥ちゃんのブランド名は? もう決めてあるんでしょう?」
 飛鳥はゆっくりと瞬きをして、「ああ…」と答える。
「飛鳥」
 坂根双葉は疑問形で返す。
「飛ぶ鳥で?」
 飛鳥は「うん」と頷いた。
「なんで?」
 そういった坂根双葉の質問に、飛鳥はエモーショナルな回想を思い浮かべながら、笑みを浮かべた。
「大切な人に、愛された名前だから」
 秋月奏は納得する。
「ああ親か……。でもさ、文字を回り込みプリントにしたりするのってさ、どう?」
「ううん」飛鳥は首を振った。「グラフィック。拘(こだわ)るのは、そっちかな」
 坂根双葉は笑顔で秋月奏を見つめる。
「柄、写真を転写したものね、グラフィック・シャツって。秋ヅキ君、わからなそうだから、つい説明しちゃう」
「何年、何の為にニューヨークに在住してると思ってんだ」秋月奏は、そこで顔をしかめる。「つか、秋ヅキじゃなくて秋月だよ! そこはにごらねんだよ」
 飛鳥は澄ました表情で、二人のやりとりを観察し終えてから言う。
「私はグラフィックTシャツに拘りたいの」
 秋月奏はずいっと腕をテーブルに置いて、顔を前に出す。
「ロゴで決めてさあ、胴体とかに回り込みプリントした方が絶対カッコイイって!」
「ううん、違う」飛鳥は真顔で熱き層を見つめる。「今私がイメージしてるデザインとはだいぶ間隔が違う」
 坂根双葉は親身になって飛鳥にきく。
「飛鳥ちゃん、具体案があるなら、もう教えて。その方が無駄を削ってデザイン性を伸ばせるでしょう?」
 飛鳥は、ぱちくり、と瞬きをした。
「私のグラフィックには、毎回、ルリビタキが描かれるの」
 秋月奏は首を傾げる。
「ルリビタキ?」
 坂根双葉は秋月奏を一瞥する。
「青い鳥の事だよ秋ヅキ君」
「だからそこはにごらねんだよ双葉! あ、き、つ、き! つか……、青い鳥って、幸せの青い鳥か」
 飛鳥は頷いた。
 秋月奏は視線を外して、物思いに耽(ふけ)る。
「青い鳥に種類なんてあったのかよ……」
 飛鳥は淡々とした口調と態度で言う。
「毎回、グラフィックにはそのルリビタキが描かれて、花にとまってるの。毎回、ルリビタキの角度や動きと、花の種類を変えるんだ。それが、ブランド飛鳥のTシャツなの」
 坂根双葉は誠実な眼差しできく。
「花の種類は?」
「デルフィニウムとか……、ブルースターとか……。色々あるよね、花って。図鑑から探す予定」
「青い鳥って、けっこうメジャーじゃない?」
「ううん」飛鳥は坂根双葉を見つめる。「ルリビタキを象徴にしてるブランドはまだどの世にないの」
「そうじゃなくて、」坂根双葉はにこりと微笑む。「私が言いたかったのは、青い鳥ならメジャーの波にも乗りやすくない? て事!」
「うん」飛鳥は、小さな笑みを灯す。「何年も、いろんな人に支えられて、考え抜いた結果。自信はある……」
「いいじゃんか!」秋月奏は手を打った。「なんだよ飛鳥ちゃん、そういうのはもっと早く言えって」
「ワオ、もうだ~いぶ具体化してあったんだ」坂根双葉は嬉しそうに小さく拍手をした。「ぜひ力にならせてね」
 飛鳥は、いつか夢を見始めたあの頃の眼差しで、二人を見つめる。
「好きなことや、好きなものや、夢なんか、大事なもんって、誰にでもあるでしょう? この国には、それを確かめに来たの。一人じゃなくて、本当に良かった……。ありがとう」飛鳥はうっすらと微笑んだ。「手伝ってくれる?」
「ノープロム!」秋月奏は前髪をかき上げて笑う。「任せろって飛鳥ちゃん!」
「全力を尽くすね」坂根双葉は長い髪を背中側にはらいながら、上品に驚くようにして微笑んだ。「え待って……。アンダーコンストラクションで、〈アンコン〉と〈飛鳥〉っていうブランドが二つできるってわけ?」
 飛鳥は微笑んだ。
「しばらくはそう……。他のセレクトショップにも、〈飛鳥〉の服は置いてもらうつもりだし。しばらくは、〈アンコン〉に〈飛鳥〉がある感じかな……」
「アンコン2大看板か~!」秋月奏は大きな音で手を叩いた。「クールじゃ~ん!」
 坂根双葉は秋月奏に苦笑する「騒がないの。ご家族のお客さんが驚いちゃうでしょ」
「飛鳥ちゃんって、凄いんだな?」秋月奏は、にかっと笑った。「とりあえず、先に出世させてやるよ。子分みたいに忠実な仕事するから、がんがん言ってくれ。でも、後から追いかけるからな、絶対に」
 飛鳥は無表情に、「ふん」と、少しだけ笑みを浮かべた。
 テーブルにメニューが勢揃いした頃、飛鳥はふと浮上してきた疑問を口にした。
 飛鳥は、秋月奏を一瞥する。
「なんでさー、あの……、ホームレス? の人にああいう事すんの?」
「は?」
 秋月奏は顔をしかめる。
「なんでって、なんだよ……」
 坂根双葉は落ち着いた仕草で、秋月奏を一瞥した。
「偽善者ですか、てきいてんでしょ、飛鳥ちゃんは」
「はあ?」
 秋月奏は顔をしかめた。
 飛鳥は澄んだ瞳でまっすぐに秋月奏を見つめる。
「自己満足?」
 秋月奏は溜息を吐いた。
「そうだよそう、はいはい自己満足ですよ」
 飛鳥はステーキを口に含みながら、きょとんとする。
「気持ちいいの?」
「おお、気持ちいいね!」
 秋月奏は微笑んだ。
「俺が二週間、朝飯と昼飯を我慢すりゃ、あの笑顔が見れるんだぜ? 最高じゃん」
「……ふうん」
 飛鳥は視線をステーキへと落として納得した。
 坂根双葉は、哀愁のある笑顔で言う。
「秋ヅキ君ね、孤児なの」
「秋月だ、つってんだろ双葉! そこはにごらねんだよ!」
「自分も困ってきた人だから、そのありがたみをわかるから、見て見ぬふりができないみたい」
「何を知ったふうなこと抜かしてんだお前は」
 飛鳥は秋月奏を見つめる。
「でも、じゃあ、きりがなくない? 秋月君が望んでも、世界は平和にならないよ? お金だって無限じゃないし……」
 秋月奏は飛鳥を睨(にら)みつける。
「なに、なんか文句でもあるわけ?」
 飛鳥は無表情で言う。
作品名:誰にだってあるもの 作家名:タンポポ