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誰にだってあるもの

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「自分が助けられた恩恵(おんけい)を返すなら、まずは親孝行でしょ」
 秋月奏は、座視で黙り込んだ。
 坂根双葉が言う。
「あのね飛鳥ちゃん、秋ヅキ君に、親兄弟はもういないの。亡くなられてて……」
「やっば」飛鳥は無表情で呟いた。「やばいじゃん私……。ヤバい奴じゃん……」
 秋月奏は、呆(あき)れた顔でパンを齧(かじ)る。
「なんか、変わってんな、飛鳥ちゃんは……。会った事ねえ感じだな」
 坂根双葉は笑う。
「タイプなんでしょ。お互いに」
 飛鳥は、秋月奏は、声を合わせるかのように「はあ?」と発声した。
 飛鳥は秋月奏を見つめてから、迷惑そうに視線を逸らした。秋月奏も、よそよそしく視線を外していた。
 坂根双葉は苦笑する。
「ジョークも通用しないとこみると、ほんとにお似合いなのかもね……。ここ、ジョークのお国よ」

       4

 仕事での打ち合わせを終えた後、七月七日という事もあり、齋藤飛鳥と坂根双葉と秋月奏の三人は、マディソンスクエアパークに遊びに訪れていた。
 ブロードウェイと五番街が交差する23ストリートのマディソンスクエアに面した公園が、マディソンスクエアパークであった。
 歴史を感じさせる時計がシンボルの白いタワーがあり、Met Life Towerなど美しい新旧の高層建築に囲まれた、緑とアートがいっぱいの憩いの公園である。
 公園やその周辺では、様々なイベントが開催されたり、ニューヨーカーにも旅行者にも人気がある、あのシェイクシャックの一号店もあり、いつでも人の賑わう憩いの公園である。
 坂根双葉は飛鳥を振り返った。
「飛鳥は、そのベンチ、ゲットしておいて。飛鳥何か食べる? 飲む?」
 飛鳥は、ベンチに腰掛けながら、考える。
 秋月奏は飛鳥の隣に腰掛けて言う。
「シェイクシャックのシュルームバーガーと、クラシックシェイクな」
 坂根双葉は呆れた顔で片手を開き、表情を険しくする。
「あ~んたも買い出しよ、私一人じゃ持てないかもしれないでしょう? 秋ヅキ君、力凄いんだから、ここで使わないと」
「秋ヅキ、じゃねえ秋月、だ双葉……よっと」秋月奏は立ち上がる。「飛鳥は、何にするんだ?」
「宇治抹茶シェイクとぉ……」
「ねえよ、ニューヨークだぞここ……」秋月奏は顔をしらけさせる。「クラシックシェイクと、ほんであとは?」
「チキンバイツ。5P、あ双葉ちゃん半分こする?」
 飛鳥の問いに、坂根双葉は笑顔で頷いた。
「じゃあそれ10Pだな……。あとー、アボカドベーコンチキン……」
「おっけぃ!」
「じゃあ飛鳥ちゃん、私らちょっくら行ってくるね? 場所取りお願いね~」
 飛鳥は「ほーい」と答えて、ベンチに降りかかるようにして生えている枝葉を見上げた。
「………」

――雪だ、飛鳥、雪だぞ……。ホワイトクリスマスじゃんか、な。っはは。森林公園に雪が降ったら、映画の世界観だよな……。それこそ、美女と野獣みたいな、な?

――何が、な、なんだよ……。別にあんたが用意したわけでもないでしょうに……。

――相変わらず、つんつんしてんな。っはは、か~わいいこと!

――うっせえ……、ばか。ばかばか……。

「ばか……」
 飛鳥は、僅かに灯った微笑みで、そう呟いていた。
 深呼吸を開始する――。考えるにも、浸るにも、おあつらえ向きの悪くない場所だ。今度ここを利用しよう――そう考え始めた時、ふと見回した先に、占い師の格好をした老婆がいた。
 老婆は飛鳥に微笑み、飛鳥にこちらに来いと、手招いている。
「………」
 飛鳥は、ベンチを立った……。

「そうよ、さあ、そこに座って」
 飛鳥は「え、これ?」と戸惑いながら、占い師の「そうよ、特等席」という言葉に、旅行用のトランクの上に座った。
 簡易的な仮設テーブルに、水晶玉が置かれている。占い師の老婆は、何やらを唱えながら、その長い間、ずっと飛鳥の手を握っていた。
 爪は折れ、欠け、ぎざぎざに伸びている。
 飛鳥は無感情で、老婆が眼を開くのを黙って待っていた。
「あらん……。あなた、もう運命の人と、出逢っているのね?」
 大きな鼻を鳴らして、微笑んだ弛(たる)んだ老婆の微笑みに、飛鳥は弱く笑みを浮かべた。
「うん……」
「でも、もう一度……、運命の人と出会えるチャンスが、あなたには残されているわ……。答えを急がず、その時に、大切な事を決めなさい……」
 飛鳥は惹き込まれるような錯覚を感じながらも、老婆の言葉とその優しい微笑みに「はい」と、誠実に答えた。

「もうもしもしぃ? あーねえお姉ちゃん、お婆ちゃんいた! こんなとこで占い師の格好して小遣い稼ぎしてるよ!」

 飛鳥は驚いた顔で、老婆をひっ捕まえて電話をしているまだティーンの少女を見つめていた。
「あーお姉さん、うちのお婆ちゃんがすいません、お婆ちゃんが占い師だったのはもうとうの昔で、今はちょっとボケちゃってるんです」
 老婆は少女を振り返る。
「ご飯かい?」
「もうほら、お婆ちゃん帰るよ! あ、お姉さん、お金取られました?」
 飛鳥は眼をぱちくりと瞬きさせて、小さく首を振った。
 少女は占い師の姿をした老婆の肩を抱えて、飛鳥を振り返る。
「占い結果も忘れちゃってください……。あ、でもぉ、こんなになる前のお婆ちゃん、大物占い師だったんですよ。だからこの水晶玉も本物なの、じゃあ。お姉さん綺麗、ふふ、バイバイ」
「あ、うん。バイバイ……」
 ベンチの方から、坂根双葉と秋月奏の声が聞こえていた。
 食事を済ませた後、三人はベンチに、秋月奏、齋藤飛鳥、坂根双葉、と並んで座りながら、公園の景色と夜空のコントラストを楽しみながら、ゆったりとした会話に身を任せた。
 坂根双葉は飛鳥の肩に腕を回して、枝葉の隙間から見える満天の星空を見上げた。
 飛鳥も、見上げている。
 秋月奏は、飛鳥の事を見つめていた。
 坂根双葉は口を笑わせて言う。
「今日は、七夕でしょう。今日というこの日はね、例え、好きな人が遠く離れた場所にいるとしても、彦星様が、織姫に会いに、天の川を渡るんだよ……。一年中…、四六時中、離れ離れだとしても……、今日だけは、すぐそばまで心が寄りそえる日なんだよ」
 飛鳥の肩が揺れたので、坂根双葉は瞬間的に飛鳥の方を一瞥していた。
 秋月奏も、険しい顔つきで飛鳥を見つめている。
 飛鳥は、その表情を今にも泣き出しそうに崩しながら、強引にベンチから立ち上がった。

「嫌われちゃうっ……」

 飛鳥は走り出す。
 驚いた坂根双葉はすぐに大声を上げる。
「ちょっと、ねえ飛鳥ちゃん、どうしたのう!」
「ちっ」
 秋月奏は、ベンチから飛び出すようにして、人混みに紛れた飛鳥の背中を追いかけた。

 数十分が過ぎた頃、マディソンスクエアパークの中央の緑地に設置されているベンチの上に、秋月奏は、齋藤飛鳥の姿を発見した。
 彼女は落ち着いている様子で、今にも零れ落ちそうに煌めく夜空を見上げていた。
 飛鳥に声をかけようと、秋月奏が歩みを始めると、飛鳥は、夜空に何やらを囁いて……。

「んな事言われても、困るか、ひっひっひ」

 と、幸せそうに笑っているのだった。
 呆然と立ち尽くした秋月奏に、飛鳥は気がついた。
作品名:誰にだってあるもの 作家名:タンポポ