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誰にだってあるもの

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 例え世界が破滅したとしても、この関係だけは、崩さない……。
「私は、周りの人間に恵まれすぎてて……、もし自分が輝くような事があるんなら、それは周りの人間が私をそう輝かせてくれているんだと思ってます」
「ははは、アカデミー賞の最優秀主演女優賞のスピーチよりも素晴らしいよ、君の真理が起こす言葉は……。本音なのだから、素晴らしい。この老いぼれに、嘘をつく必要はないからねえ」
 飛鳥はほどほどに苦笑した。
 東桜兼五郎はユニークに、口髭を持ち上げた。
「それに、私は眼は不自由だが、人の心が見える……。だから、私は君の事を魅力的だと言えたんだよ」
 飛鳥は素早く小さく首を横に振ってから、気がついたかのように、声に出して「いえいえ」と呟いた。
「君をそうまで育て上げた親御さんは、さぞ愛情の深い方々なのだろうねえ……」
「母は、優しく、父は、頼もしい人です」
「だろうねえ」
「二人の兄も、優しく、幼少期はよく遊んでもらいました」
「うんうん、ふふ」
「この会社で出会えた人たちも、素晴らしい仲間たちで、日本でがんばっている仲間も、今、こっちで一緒に私のブランドの制作をしてもらってる仲間も、かけがえのない存在です……」
「人格形成には、影響が大きな元素になる。それは家庭環境であり、人間関係でもあるよ。優しい家庭に育てば、優しい性格になり、人間関係で、いじめなどにあい、一度奈落を経験すれば、再び立ち上がろうとする不屈の精神が育つ……。人生において、無駄な時間などありません。齋藤さんを、君の今を形成する全ては、君の心が感じ作り出した、進行方向なのです」
 飛鳥は心底で、納得を感じ取る。
「しかし、平和に育った子供達は、戦争を知らない。戦争の最中、育った子供達は、平和を知りませんねぇ……。しかし、我々には心があり、頭脳がある。時に頭脳は、心だとも例えられます。その心で、学べば、知らぬ戦争を否定でき、知らぬ平和を求められます。私が見えている齋藤さんの心には、大きな何かがあります……」
 飛鳥は、無意識に胸を手で押さえた。
「それは、傷なのか、はたまた、宝箱なのか……。その心に大きく影響を与えている何かが、今の君を、支えている気がします……。どう?」
 飛鳥は、苦笑にも似た笑みを浮かべた。
 弱視の東桜兼五郎は、手探りで、ゆっくりとコーヒーカップを探す。
 飛鳥は、その手を取って、コーヒーカップへと導いた。
「ある、夏に……。不思議な体験をしました」
「ほう……。それは、どんな?」
「お面をつけた、とある魔法使いと出逢いました……」
「ほう、魔法使いと」
「はい」飛鳥は、嬉しそうに笑みを浮かべた。「夏が終わる前には、その魔法使いが、とてもとても、とっても、優しい事がわかりました」
 東桜兼五郎は、パイプに火を入れて、白い髭(ひげ)もじゃの口に咥(くわ)えた。
 チェリーの香りがする紫煙が、たゆたゆと宙に延び広がるように彷徨(さまよ)った。
「秋にも、冬にも、映画を観たり、ショッピングしたり……。長い長い暗闇の春が終わった後で、魔法使いは、また私を迎えに来てくれました……」
 東桜兼五郎は、眉間に皺を集めて、眼を閉じた。
 飛鳥は、懐かしそうに微笑む。
「二回目の夏に、青い海のある、海賊船のある綺麗なパークにいって……。魔法使いは私をずっと好きでいるって誓った……。二回目の誕生日には、クッションを。私の夢を応援する為に、ファイトソングを……。二回目のクリスマスには、家族になろうと、魔法使いは、……私に、…そう言ってくれた……」
 飛鳥の震える声に、東桜兼五郎は「うんうん」と、優しく、飛鳥の肩をなでた。
「魔法使いと……、私は……、ある春に、……引き離されてしまったけど、また……、魔法使いは……、その、魔法を使って……、私を迎えに来てくれた………」
「そうですか」
 飛鳥は、涙をぬぐう。
「魔法使いの話は、そこで終わり……。なんか、…ごめんなさい」
「その魔法使いなんですね、君の心を守っていたのは……」
涙をぬぐいながら、飛鳥は「そうだといいな」と笑った。
スマートフォンがけたたましい着信音を鳴らした――。飛鳥は、咄嗟に咳払いを消化して、すぐにスマートフォンに応答した。

「もしもし?」
 「もしもし……」

 電話は秋月奏からであった。

 「双葉からこれから電話連絡がある……。その時に、話されなくても、近いうちたぶん、いや、絶対に双葉は飛鳥ちゃんに話すと思うから……。その前に言っておく」
「何? どうしたの? 双葉ちゃんがどうかした?」
 「双葉が自分自身で話してきた時に、絶対に驚いたりなんかするなよ」
「だから、何が?」

 秋月奏からの電話を終了して、飛鳥は意気消沈したかのように、先ほどとは何もかもが異なる表情で、東桜兼五郎に一部始終を報告した。
 秋月奏からの電話内容は、坂根双葉についてであり、彼女が、検査の結果、癌である事が発覚したというものであった。

       6

 癌である事が発覚し、坂根双葉はすぐに抗がん剤治療を受ける為に入院する事となった。
 長い自慢の髪の毛をバリカンで刈り取ってほしいと、美容室へと齋藤飛鳥と秋月奏を連れてきた坂根双葉は、持ち前の笑顔で、齋藤飛鳥へとバリカンを手渡した。
 飛鳥は表情を弱く崩して、首を横に振る。
「できない」
 坂根双葉は客専用のシートに座りながら、飛鳥を見つめる。
「抗がん剤で、どうせ全部抜けていく髪の毛なの、飛鳥ちゃん……。でも、大事な、自慢の相棒だったから、最後ぐらい、飛鳥ちゃんたちに丸刈りにしてほしいのよ」
「できないよ」飛鳥は泣きそうな声を出した。「できない……」
「貸せ」
 秋月奏は、飛鳥から手渡されたバリカンのスイッチを入れた。刃が振動音を立ててバイブルを始めた。
「お願いします、秋ヅキ君」
「にごらねんだ、そこは……」
 秋月奏は、片手でバリカンを持ち、坂根双葉の長い髪の毛を刈り落としていく。
 鏡を見つめながら、坂根双葉は飛鳥へと話す。
「仕事はしばらく行けないから……、みんなとも、今日まで」
 飛鳥は寂しそうに、唇を噛んだ。
 坂根双葉は鏡越しに、飛鳥へと微笑んだ。秋月奏は坂根双葉の頭髪をバリカンで剃っていく。
「私がもし、生きて復帰しても、その時に飛鳥ちゃんはもうこの国にはいないから、さよならだね、飛鳥ちゃん……」
 飛鳥はぐちゃぐちゃに纏まらない気持ちを統括できぬままに、涙ぐみ、震えた声を出す。
「なんて、言えばいい?」
 坂根双葉は微笑んだ。
「元気でって、言って」
 飛鳥は手のはらで涙をぬぐって、無理矢理に微笑む。
「元気で……」
「おっけー」
 秋月奏は、バリカンのスイッチを一度切り、美容師にバリカンを手渡した。
 坂根双葉は鏡越しに、美容師に英語で言う。
「そいじゃ、丸坊主にしてくださいな」
「はい」
 バリカンの音が再動し、坂根双葉の美しく長い髪の毛が、次々に床に落とされていく。
 飛鳥は泣きべそを我慢しながら、秋月奏はまっすぐに見据えるように鏡の中の坂根双葉を見つめていた。
 坂根双葉は、微笑みに陰りをみせる。
「もう……、ここからは、見られたくないかな……。二人とも、ありがとね。もう、行ってくれる?」
作品名:誰にだってあるもの 作家名:タンポポ