二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

アルレシャ その2

INDEX|1ページ/1ページ|

 
とんとん

 控えめに叩かれた扉の音は、それでも眠りの浅い雲雀の意識を引きあげるには十分であった。
 のそのそと寝がえりを打った雲雀は、寝起きと昨晩の酒の為に開かぬ瞳を、無理やり抉じ開けて、ぼんやりと家の中を見渡す。
 障子越しに入り込んで来る、日の光はまだ弱い。早朝とはいえないまでも、まだ朝の気配を残した時間のようだ。
 弱いとしても、障子越しであっても、ここ数日あまり寝ていなかった雲雀にとって、日の光はじんわりと瞳を奥を焼いた。

 とんとん

 雲雀は昨日、夜半過ぎまで一人で呑んでいた。
 手掛けていた三味線が一本、漸く仕上がった。無事に依頼主に手渡し、試しがてらに弾かせてみたら、なかなかの腕前だったのだ。
 三味線を作る時、一切酒は呑まぬと決めている雲雀は、納品が済んだ後にだけ、呑むことを許している。それが雲雀のけじめであり、職人としての己の矜持である。

 とんとん

 普段、酒を絶っている雲雀だが、元はたいそうの酒好きである。
 三味線の受け渡しが済んだ後、入って来た金で高い酒と肴を買い、家で一人で呑む事が、雲雀の楽しみであった。
 その楽しみが、昨日はいい音を聞く事が出来た。
 三味線職人にとって、それは何よりの肴である。
 珍しく気分が上向いた雲雀は、何時もより多くの酒を呑み、気が済むとそのまま寝入ってしまったのであった。

 とんとん

 元々、趣味のように仕事をしている雲雀は、気分が乗らなければ三味線は作らず、気に入らぬ客からの頼みは断っている。まったく己の気の向くままに仕事をしているのだ。
 まだ若く、店を出して数年しか立たぬ雲雀は本来、人から人への聞き伝えや噂を大切にしなければならない。
 人伝の噂を頼って来た客からまた次の客へ。そうして客を増やすべき筈で、客を選ぶような店は、よい噂以上に広まりの早い悪い噂によって、店がつぶれてしまってもおかしくはない筈だ。
 だが雲雀の店には、いつも仕事の話が絶えなかった。
 それは悪い噂など気にならない程に、雲雀の作る三味線が上等の物であったからである。

 とんとん

 一定の間隔を開けて、控えめでは有るが扉はしつこく叩かれる。
 革や弦の張り替えを頼む馴染みの客は、既に雲雀の性格を知っているから、しつこく扉を叩くようなまねはしない。
 新しい仕事の依頼か。
 次の仕事はまだ入れていないが、もう数日休みたい。三味線作りは長期戦で、体力も気力も使うから、そう立て続けに何本も引き受ける気はしない。
 久しぶりに己の思う様な三味線が作れたから、暫くはその余韻に浸っていたい気分でもあった。

 とんとん

 だがそう考えている間にも扉は叩かれ続ける。
 留守なのかもしれないという考えにすら至らないのだろうか。
 雲雀はいらいらしながら、これはこっぴどく怒鳴って断ってやろうと、寝間着変わりの藍染の浴衣のまま、心張り棒を外して店の戸を開いた。

「ねえ!」

 だが雲雀の叫ぼうとした言葉は、扉の向こうに立っていた、見たこともない色の髪と同じかそれよりも薄い大きな瞳に飲みこまれて消えた。

 短い、男のような髪を跳ねさせて、女物の着物に身を包んだ不思議な子供が、小さな体に何とか三味線を抱え込んで、其処に立っていたのだ。
作品名:アルレシャ その2 作家名:桃沢りく