永久に変わらぬもの
作 タンポポ
夕焼けに染まる窓際のカーテン。真夏の風が、病室内の空気を散散とさせていた。
室内に、すすり泣く声が寂しく響き渡る。
「おばあちゃぁん!」
「おばあちゃん」
「おばぁちゃぁん……」
親族がベッドの周囲を囲む中、安らかに眼を閉じた、柚飼飛鳥の年老いた小さな手を固く握りしめて、柚飼一哉は優しく微笑んだその頬に、したたる涙をたらしていく。
「飛鳥……、がんばったね……」
「おばあちゃぁあん!」
「おばあちゃん!!」
「お母さん!」
「母さん……」
「おばあちゃん、でも100まで生きてくれて……。ありがとう」
「飛鳥おばさん、ずっと綺麗な人だったな」
「ひいおばあちゃん!」
しわくしゃに微笑みながら、鼻筋に涙を伝わせて俯(うつむ)いていた柚飼一哉は、その優しげなぶっちょうづらを持ち上げて、柚飼飛鳥に、うんと、ゆっくりとうなずいた。
「ありがとうなぁ……。飛鳥……。さあ…、会いに、行っておいで……」
光の素粒子に視界を包まれる中、己の身体が、徐々にあの二十代の頃の若さを取り戻していくのが、ごく自然的に、自明の理のごとく理解できていた。
不思議な空間を幾つもくぐり抜ける。
それは、生きてきた記憶。
流した涙や、浮かべた微笑みの数。
無限に続くかと思ったその空間を、またあの輝くように眩い光の塊が視界の全てに広がっていった……。
声を失うほど、身体中に激しい感激の波が広がっていく。それはまるで、魔法にかけられたかのように奇跡のような真実で。
忘れる事のなかった、愛情であった。
飛鳥は、その顔をゆがませる。
溢れかえる果ての無い想いに、すぐに上を向いて、涙をとどめようとした。
しかし、その手の平を差し出している紳士に、その喜びにゆがんでしまった泣き顔を向けると、自然と涙は流れ落ちていくのであった。
そこは結婚式場であった。牧師のすぐ手前で、紳士はこちらを向き、白のタキシードから伸びるその手を、花道をウェディングドレスで走る飛鳥へと差し出している。
長い長い、人生だった。
長かった……。
ほんとうに。
永かった……。
ほんとうに。
幸せだったけれど。
ずっと。
ずっとずっと。
あなたに、会いたかった……。
「慎弥ぁぁっ!!」
「っはは」
手を掴み、強く腕を引き抱きしめた――。光葉慎弥は、飛鳥を強く強く抱きしめて、嬉しそうに大きな笑みを浮かべた。
「飛鳥……」
「慎弥ぁ……」
「会いたかった」
「うぅ……、んん、…っは、うん………。会いだがった……」
「愛してるぞ、飛鳥!」
「わたじもっ、……ん、……ぅあ、愛してるぅっ!」
白く美しいウェディングドレスに身を包んだ泣き笑う飛鳥は、白いタキシードに身を包んだ微笑む光葉慎弥と、永久の愛を誓う、長い長い、キスを交わす……――。
「大好きだよ、飛鳥」
「慎弥ぁ、大好き……」
「はは、泣くなってば……。愛してる」
「うん……。もう、泣かない……。愛してる――」
2023・6・20~END~