日常
「おかしいなー、釣りのコツ教えてもらったばっかなのに…」
ニーアが北の平原の川に釣り糸を垂らしてからすでに1時間以上経過している。
退屈した白の書がぶんぶんと周りを飛んでいる。釣れないイライラも相俟って、ついにニーアの何かがブチっと切れた。
「……あぁーーーっ! もうっ!! 鬱陶しいなぁ、シロ! ちょっとは大人しくしてろよな!!」
「我に向かって鬱陶しいとはなんだ。お主の釣りの腕が下手なのがいけないのだろう。そもそも『釣りを教わってきたから今日は釣れたての魚でご飯にしよう!』と胸を張ってカイネに言っていたのは誰だ?」
「だって、海岸の街では結構すぐに釣れたんだよ?」
「その釣れた魚を釣りじいさんに取られたのは痛かったな」
「うーーーー……」
白の書との会話に気を取られた瞬間、ぷつっと微かな音を立てて釣竿の手ごたえがなくなった。餌を取られただけでなく、釣り糸も切れてしまった。代えの糸ももうすでに使い切ってしまっている。
「……終わりだな」
「ちぇ」
がっくりと肩を落として地べたに座り込む。すっと目の前に降りてきた白の書の目が、心なしか憐れんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「だいたい、あの大喰らいの下着女の食べる量を考えたら、どれだけ釣りあげなければならんと思っているのだ」
「……あ」
「今のお主の腕では、あの女の腹を満足させる量は1日かかっても釣りあげられないだろうよ」
「……」
「これに懲りて、付け焼刃の知識と技量で誰かのためになろうとは考えないことだな」
「…はーい」
力なくそう答えると、白の書はふわりと高く昇っていった。そのいかにも得意げな様子がとても腹立たしい。
白の書を睨みあげながら一言でも言い返してやろうと口を開いた瞬間、背後でザシュッという音が響いた。
聞き慣れたそれは、獣を刀で切るときの音。
ハッとして振り向くと、そこには羊やヤギの死体が山積みになっていた。中にはイノシシの死体まである。
その前に立って刀に付いた血を拭っているカイネの姿を目にして、ニーアはあわてて立ち上がった。
「何、どうしたのそれ? 今日の夕飯は魚だって言っておいたのに…」
「誰もお前の技量には期待しとらん。釣りに何時間かけるつもりだったんだ、お前。この私が待てるわけがないだろう」
「……ひどい……」
「さすが下着女。それは一人前の量か?」
「そうだな、少なくともクソ紙の分はないな」
「お主が捌いた肉など死んでもいらんわ。それに我は食料など必要としないからな」
「…寂しい人生だな。いや、本生か?」
言い合いを続けるカイネと白の書を横目に、ニーアは再び地べたに座り込んだ。
(もうヤだ…こんなパーティー…)
悔しさに涙目になりつつも、もっと釣りが上手くなりたいと強く思うニーアだった。