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縄文時代を知っていますか《1》

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縄文時代の検索記《1》

私は「ほんのちょこっと街ある記」のタイトルで、令和2年3月に1冊目、令和4年5月に2冊目を自費出版で上梓しました。
 
全国の主な都市の姿を確認するために日本の各地をザッと見て歩いたのですが、全国の都道府県のうち、とうとう最後に残った沖縄県を昨年(令和4年)11月に訪問して、取り敢えず一段落しました。(沖縄県についての感想は本に掲載できていませんが。)
 
この原稿を書いている時期は令和5年7月なので、昨年11月以来、私の行脚は半年以上の冷却期間が過ぎていることになります。しかし古希を迎えて3年が経つのに、どこかに出向いて新しい景色(街並み)を見聞したいと言う思いはまだまだ無くなりません。
 
大まかながらも全国の代表的な街々を見て回ったので、これからは今までとは何か異なるシチュエーションでの街歩きが出来ないか…と考えていた時に、この春先にふと図書館で見かけたのが縄文時代を紹介した本でした。
 
特に「土器」と「土偶」の写真が目に留まり、それまでおぼろげに聞いたことがある縄文時代に関して興味を持ったのです。
 
その本で見た縄文時代の文化や人々の生活ぶりは、とても私たち(少なくとも私自身)が思うような縄文時代のイメージとはかけ離れて、原始的な社会や生活ではなく、思いもよらない高いレベルの文化を持った社会でした。
 
その本には、火焔土器や土偶を博物館で目にした岡本太郎がその魔訶不思議な造形美に驚いて「芸術は爆発だ!」と叫んで、その後の作品に影響したと説明もあり、あの大阪万博の太陽の塔も縄文時代の文化に影響を受けたと言われます。
 
縄文土器について思う事は、佐賀県は有田焼や唐津焼などの焼き物が有名で、我々の周りには焼き物に関する情報が多く、目にする機会も多いのです。佐賀県ばかりでなく日本各地には数多くの焼き物の窯元が存在してそれぞれ魅力的な焼き物が溢れています。
 
江戸時代から近代まで、昨今の磁器や陶器はある程度見慣れているのですが、縄文土器のうち、特に「火焔土器」と呼ばれる土器の写真を見た時は異様に心が躍りました。とんでもない造形美と言えます。現代人も及ばない縄文時代の人の感性がいかに素晴らしかったか、信じられないレベルです。
 
更に「人型土偶」は奇妙な形としか言いようがなく不思議な魅力が溢れて、まるで宇宙人と遭遇したかのような感覚を覚えます。
 
私にとって、縄文時代と言う言葉は知っていても詳細などは殆ど知らずに、また知ろうとも思わずにこれまでの人生を過ごしてきたことになります。 
 
私たちが学校で学んだ歴史(日本史)の授業は、せいぜい二千年ほど前の弥生時代や古墳時代の頃から始まって、天平・飛鳥時代に日本国が確立した時代から近代までの日本史ではないでしょうか。

実際の縄文時代の文化を少しでも知ることになった今、本来の日本史教科書には縄文時代をもっと紹介するべきだと強く思います。何しろ日本の原点がその時代と思えるからです。

そんな日本歴史の年表は、昭和・平成・令和時代まで、きちんと年度が分かれています。つまり○○が治めた○○時代、△△が幕府を起こした△△時代…など、はっきりと年号で表すことが出来ます。
 
佐賀県には弥生時代の環濠集落跡の「吉野ケ里遺跡」がありますが、年代的には約二千数百年前です。 
 
それに対して縄文時代は更に弥生時代から遡る事一万数千年です。それを考えると縄文時代は気が遠くなるほどの年月を費やしたことになります。
 
年号にさえ表せない、日本で言う弥生時代からはるか昔の縄文時代(約一万五千年前~二千五百年前)、は凡そ一万二千年以上も続いたと言われます。
 
数冊の本や資料を読むうちに、私の中で縄文時代の姿がある程度ではありますが少しずつ分かってきました。