花を差し上げる
「…恐れ入ります」
ぼう、と考え事をしていたために反応が遅れた。不審に思われなかっただろうか。
目の前の男は随分整った顔立ちで、年寄りばかりが揃った集まりの中でひときわ若く、浮いていたが、その中で臆することも無く、年も近かろうと土方に酌を求めたのだった。
幕府の高官をもてなす為に開かれた宴。先方の希望もあり、副長の土方が場に出て酌をしている。男に注がれて嬉しいのかだろうかと内心思ったものだが、真選組の頭担ぎにそうさせることで『真選組は自分達の意のままに動く犬だ』ということを再確認したいのだろう。あるいは、屈服感を与えるためか。
どちらにしろ、お偉いさんの考えることなんざわからないし、どうだっていい。
まぁ、自分が酌をするぐらいで気が済むのなら安いものだと軽く受けとめていたのだけれど、さっきから必要以上に身体を撫でまわされて、土方は正直げんなりしていた。
近藤さんもンな目に遭ってるんじゃねェだろうな、と心配になり横目で盗み見たが、近藤はにこにこと笑いながら高官達と酌をしあっている。どうやら杞憂であったらしい。
(局長の矜持だけは守ってもらわねぇとな。)
土方は一先ず息を吐く。
自分達を見下す奴らにあんな笑顔を向けられる近藤をさすがだと見直しもした。しかし。
「…ッ!」
内腿に掌を這わされたのに気付いて、その安堵も吹き飛んだ。
「どうかしたかい、土方君」
「……いえ」
随分と楽しげに訊ねてくる間も、周囲に気取られない死角で足の付け根へとなで上げられる。ぞ、と不快感が駆け巡り腰に手を伸ばしたが、あいにくこの部屋で帯刀は許されていない。
「先程から」
息が掛かるほど近くで囁かれる。
「随分と局長殿が気にかかるようだね」
「…自分の役目は近藤の補佐なれば」
視線を上げずに答えると、ふうん、と笑い含みに相槌があり、きわどい場所に近づいていた手があっさり離れていった。
「今宵は私の相手も、心をこめてしてくれないかな」
彼の下の名がなんだったか、土方には思い出せない。悪癖で知られた高官の息子だ。七光りに加え、そこそこ使える頭で一気にのし上がったと聞く。
うんざりしながら、差し出された猪口を受け取り、傾けるふりをして縁をなめた。
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