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宿の柚子湯

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「ほぉ、これが噂に聞く柚子湯か」
 浴槽に浮かぶ柚子を物珍しげ眺めつつ、孫六は口を開いた。
 その台詞を聞いた陸奥守は「柚子湯は初めてかえ?」と小首を傾げている。
「ああ、流石に刀を銭湯の中まで持って行く人間はいなかったからな」
「ほにほに、確かにほうじゃの」
 元々、冬至に柚子湯に入る習慣が始まったのは江戸時代だと言われている。
 江戸時代には庶民の間で銭湯の人気が高まり、『ゆず→融通が利く』や『冬至→湯治』という語呂合わせにより、どこぞの銭湯が冬至の日に柚子を湯に浮かべたのが最初のようだ。
 孫六も刀の時分に『柚子湯』について語る人々の声は聞いていたが、こうして実際に柚子湯を見るのは今回が初めてのことだ。
 目にも鮮やかな柑子色に、湯気と共に浴室を満たす甘酸っぱい香りが心地良い。

 ――ぷしっ!

「っ……すまん」
「ああ、こちらこそすまない。身体が冷えてしまうな」
 ――何より、恋刀と共に浸かる湯と言うのは格別である。
 互いに別々の本丸に所属する孫六と陸奥守の逢瀬は、専ら万屋町(よろずやちょう)や万屋街(よろずやがい)で行われる。
 孫六の主が嘗て所属していた組織とは異なり、孫六たちの本丸は刀剣男士の色恋を禁じていない。ただし、共同生活を送る以上、周囲への配慮は怠るなと言われている。
(しかし、最近の宿は有り難いな)
 一室部屋を借りれば、風呂も厠もその中で完結する。愛しい番を一晩中閉じ込めておける環境は、孫六にとってこの上なく都合が良かった。
(明日、もう一度柚子湯に浸かるのも悪くない)
 陸奥守を背中から抱き込むように湯船につかった孫六は、柚子と恋刀のにおいを深く深く吸い込み、ほう、と息を吐く。
 そして浴室から出た後の、およそひと月ぶりの睦み合いに思いを馳せるのだった。

 《終わり》
けぶり、とける
作品名:宿の柚子湯 作家名:川谷圭