甘いお菓子を待ってます
「どういた?」
「いや、あの一角が随分と賑やかだと思ってな」
一角と言ったが、実際はその建物の床面積の半分以上を占めているだろう。
人間や付喪神、その他神や妖がひしめき合うそこからは、分かり易く甘い匂いがした。
しかし、匂いだけではそこにあるものが一体何なのか分からない。
そんな孫六に、隣を歩いていた陸奥守は答えを告げるべく口を開いた。
「あそこは今、期間限定の催事場になっちょるがよ」
「催事場?」
「おん。毎年二月十四日は『ばれんたいんでぃ』――『ちょこれぇと』ゆう菓子を贈る祝い事があるがよ」
「ほぉ、つまりあそこにいる連中はその『ちょこれぇと』という菓子を買う為に集まっているのか」
「ほうじゃの」
「――しかし、まるで合戦場にいるかのような気迫のぶつかり合いだな」
「ははっ、まあ毎年人気のある商品はすぐに売り切れるからの」
「その口振りだと、あんたはあの合戦場へ毎年行ってるのか」
「いんや、わしは通販ぜよ」
「つうはん――よく厨当番や主人が使っている板で品物を頼むあれか」
「おん」
「成程な」
そこで一旦、二人の会話は途切れた。
孫六が隣を歩く陸奥守をちらりと見下ろすと、髪の隙間から覗く耳が普段より赤く色づいている。
「――ところで」
「っな、何じゃ」
「いやなに、さっきからそちらの袂からあの催事場とやらと同じ匂いがするんだが――それは、これから俺に渡して貰えるのかと思ってな」
「っ……!?」
(ふむ、この反応は当たりか)
なお、後日『ばれんたいん』について本丸の面々から詳細を聞いた孫六は、その日一日ずっと口元が緩んでいたらしい。
《終わり》
浮かれて当然
作品名:甘いお菓子を待ってます 作家名:川谷圭