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Desert Rose

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アレルヤの乗った戦闘機が落ちたのは、砂漠の真ん中だった。

飛行中に右エンジンから煙が吹き出し、それを見た瞬間に死を覚悟した。
自分がいなくなっても、誰一人として悲しまないのは解かっている。
だったら此処で全てを終わらせるのも良いのではないか。
「もう人を殺すのは嫌だ」 アレルヤはそう考えた。

しかし操縦を叩き込まれた体は勝手に増槽を切り離し、
フラップを下ろすとラダーとエルロンで機体を制御しながら、徐々に高度を下げた。
そうして自分の意に反し、アレルヤの操縦する飛行機は不時着に成功した。

だが、通信機器は何処をどう弄っても沈黙したままだ。
さて如何にしたものか。
せっかく助かった命も、救助が来なければこれまでだ。
取り合えずキャノピィを開け、僅かばかりの水と食料、それに毛布を投げ下ろして
自身も左翼から砂の上に飛び降りた。

上空から見えたこの場所は、何処までも平坦な砂漠でしかなかった。
けれど下り立ってみると、意外なほど起伏がある。

アレルヤは砂山の陰に入って腰を降ろした。






空の片側が赤く染まり始めた頃、背後の砂がサラサラと落ちて来た。
振り仰ぐようにして砂山の頂点を見ると、そこには奇妙な少年が立っている。
彼は崩れやすい砂の坂を難なく降り、アレルヤの傍までやって来た。

肩の辺りで切り揃えられた髪は紫色をしていて、眼は紅い。

しかしアレルヤが驚いたのは、その人間離れしている髪の色や整った顔立ちではない。
恐らく一番近い集落でも、何百キロと離れているだろう砂漠のど真ん中だと云うのに
彼の身に着けている物が、たったいま自分の部屋から出て来たばかりみたいな
普段着だった事の方だ。







「何をしている」
声は印象より低く、落ち着いている。
「落ちちゃったんだ」
アレルヤは片翼を砂に突っ込んだままの自機を見遣り肩を竦めた。
「落ちた…… 空から来たのか?」
「来たって言うか…… うん、まぁ、そう言う事かなぁ。
 それより君は? 上空からは、近くに家があるようには見えなかったけど」
「飛ぶのか?」
アレルヤの質問には答えず、彼は飛行機に歩み寄った。
「修理をすればまた飛べるかも。
 ねぇ、電話を貸してもらえないかな? 無線が壊れちゃったんだ」
「電話?」
「うん。 他の通信手段でもいいけど」
彼は首を横に振った。 それに合わせて紫色の髪も左右に揺れる。
「ない、の?  えっと…… じゃあ君の家は?」
また髪が風に靡くように揺れた。






何を訊ねても満足な答えは得られず、十分程の遣り取りで分かったのは彼の名前だけだった。

「ティエリア…… 君、ひとりなの?」
「ああ」
「ずっと?  寂しくなかった?」
「この夕日のように?」
「夕日は…… そう、ちょっと寂しいね」
「何千回も見た」
「ひとりで?」
「今はひとりではない」
「うん、そうだね」






満天の星に覆われた夜がやって来た。
アレルヤは非常灯を点け、携行食の半分をティエリアに渡した。

しばらくは2人とも黙って食べていたのだが、不意にティエリアが顔を上げた。
「これは、大切な物ではないのか?」
「そうだけど…… 僕の人生の終わりに、話し相手になってくれたお礼みたいな物かな」
「死ぬのか?」
ティエリアは事もなげに言った。
「……助けが来なければ、ね」

「君の星はどれだ?」
彼につられてアレルヤも空を見上げたが、すぐに笑いが込み上げて来た。
「僕の星はね、此処だよ」
そう言って砂を叩くと、ティエリアも少しだけ笑った。
「自分の星に落ちて死ぬなんて、君は間抜けだな」
「うん、僕は大間抜けだね。
  ……ねぇティエリア、キスしてもいい?」

アレルヤは返事を待たず、ティエリアにキスをした。






広げた毛布の上で、2人はひとつになった。


夢の中でティエリアは言った。
「アレルヤ、君は死んではいけない。  また何処か別の星で逢おう」
そして一掴みの砂を、アレルヤの掌に乗せた。





翌朝、アレルヤは救助された。
   手の中で結晶した砂漠の薔薇(デザートローズ)と共に。




作品名:Desert Rose 作家名:月代薫