柿の日
探さないでください。
日番谷が執務室に戻ると、それだけ書かれた紙切れが机の上に置いてあった。報告書よりも数段丁寧なその筆跡に、日番谷は軽く溜息を吐く。それを手に取り二つに折って、今さっき入ってきたばかりの扉に手を掛けた。
「どちらへ?」
三席が訊ねてくるので、日番谷は人差し指と中指の間に挟んだその紙を掲げて示した。
「松本を迎えに行く」
「ああ、もうそんな季節ですか」
三席は別段表情も変えず「行ってらっしゃいませ」と軽く頭を下げる。すぐ戻るとだけ告げて、日番屋は執務室を後にした。
屋根を飛び、木々をくぐり、目にも止まらぬ速さで流魂街を駆け抜ける。徐々に寂れた風景へと移り行き、乾いてヒビだらけの土が剥き出しの集落が近付くと速度を落とした。更に集落の外れへと歩みを進める。傾きかけた日差しの中にぽつりと佇んでいる、一軒の古い民家の前で足を止めた。中を覗くが人の気配はない。人が住みつかなくなってからかなりの年月を感じる室内の光景は、きっと当時のままなのだろう。次いで向かうのは民家の裏手だ。荒れ果てた地に懸命に根を張る木々はどれも細く、唯一実を付けている柿の木の枝の上に、松本の姿を捉えた。
「あ、隊長。また来てくれたんですか?」
こちらに気づいて屈託のない笑顔を向ける松本の姿は明らかに幼くなっていた。今まで見た中で一番かもしれない。髪は短く、身長も日番谷とそう変わらないだろう。
意識せずとも深くなる眉間の皺を松本は気にも留めず、無邪気な顔で手近にある柿の実に手を伸ばしながら「隊長も、柿、食べたいんでしょう」などと抜かす。
「でも、まだ食べちゃ駄目ですからね。これから干して、甘ーくするんですから」
これがいつの頃の松本なのか、日番谷には知る術も無いが、こうして迎えに来てやる事ぐらいはできるのだと自分自身に言い聞かせて、日番谷は幼い松本のいる隣の枝に飛び乗った。
今年もまた、苦手な干し柿を食わされるのだろう。