ユグドラシルの下で
私はいつも部屋を散らかしてしまうのだけれど、クロウが元通りに片付けてくれる。
だから、家の中は常に美しく保たれていた。
晴れた朝、目覚めるとすぐに窓を開け、清浄な空気を肺の隅々にまで取り込む。
世界は幾重にも重なり合ってそこに在り、クロウと私は並んでそれを見る。
在るべき物を在る場所へ。
私たちの仕事は真砂の数、満天の星の数だけあった。
在るべき物を在る場所へ。
雨の降る日、クロウがチョコレート菓子を焼き、紅茶を淹れる。
私は紅茶にブランデーを落とす。
彼がそれに対して何か言っても、私は聞こえない振りをする。
そして意地悪く「陰険眼鏡」と呟く。
彼は笑う。
私はあの時、もっと素直になるべきだった。
その家の庭先からは、成層圏が蒼く弧を描いているのが見えた。
クロウはそこで本を読むのが好きだった。
本を読んでいるクロウの隣で、私はいつも暇を持て余してしまう。
しかしその日は、私のスカートの右膝に蝶がとまった。
クロウはじっとしているように言い、それに優しく指を伸ばす。
「捕まえてはだめよ」と言いながら、私は彼に捕らえられたいと望んでいた。
全く愚かしい考えだ。
私たちには為さねばならない仕事がある。
彼は私の名を「ユーコ」などと、いい加減に伸ばしたりはしなかった。
勿論、「ユ・ウ・コ」と一字一字、四角四面に区切るような無粋な呼び方もしない。
彼の優雅な発音のお陰で、私はこの名前を嫌いにならずに済んだ。
――侑子
もう一度、呼んで欲しい。
叶わぬ願いと知りながら、私は彼を懐かしむ。