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ねーぼけーたひーとが♪

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銀時は、ふ、と目を覚ました。
どれくらい眠っていたのか分からないが、家の中に人の動く気配は感じられない。
いつも遅くまで起きている松陽も、もう眠った頃なのだろうか。
銀時はしばらく耳を澄まして辺りを伺った後、目を閉じた。
だが、意識がうっすらと沈み始めた頃に再び、は、と目を開ける。
やっぱり聞こえる。
何かが走るような音。
この家のどこかで、小さな何かが、小走りに駆けていくような音が、さっきから聞こえる。
銀時は布団の中で息を潜めてじっとしていた。
ぴくりとも動けない。
動いたら、そこにあるはずのない何かに触れてしまいそうで、指先をほんの僅かでも動かすことができなかった。
まんじりともせず辺りを伺っている銀時の耳に、ぎぃ、と廊下の床が軋むような音が聞こえた。
ぞわ、と全身が震え、心臓が縮み上がる。
何秒間かは止まったに違いない。
そう思えるくらい、ぎゅ、と縮まった。
そして今度は一気に流れ出す。
ど、ど、ど、と脈動し、銀時の全身を駆け回る。
それに合わせるように、呼吸は浅く早くなっていった。
じわり、と汗が滲む。
布団の中にあってさえ急速に冷えていくそれは、不快感とより一層の不安を銀時に与えた。
松陽はもう寝たのだろうか。
いつも翌日の授業の準備を遅くまでやっている。
まだ起きていてほしい。
こんな不気味なものではない、はっきりとした気配を感じさせてほしい。
そうやって必死に松陽の気配を探る銀時をあざ笑うかの様に三度、ぎぃ、 と畳を踏みしめるような音がした。
今度は、銀時の背中の方で。
「…!」
もうだめだった。
限界だった。
銀時は布団を跳ね上げ、部屋を飛び出した。
「わァァァァァ!」
叫び声を上げ、暗い廊下を走る。
まだ慣れない家の中を、どう走っているのかも分からない。
廊下がまっすぐ続いていればまっすぐ走り、壁があればそこで曲がる。
月も無い夜、闇がその深さを嵩に、何もかもを包み込んでいた。
何も見えない。
何があるのか分からない。
正体のない恐怖に、銀時は支配されていた。


戦場をうろついて、転がった人たちから物を剥ぎ、刀を拾い、命をつないだ。
怖くなかった?戦場にいて。
そう問うて来る人はたくさんいた。
大人も子どもも。
胡散臭そうに、気味悪そうに、痛ましそうに、興味深げに。
怖くないわけはない。
自分に危害を加えそうな人には、刀を向けて、必死で身を守った。
実際に斬りつけたこともあった。
そこに人間だ天人だの区別はなかった。
一方、戦場にごろごろと転がっている死体――ほとんどの人はこちらを指して、 恐怖心の有無を聞いている――は、大して気にならなかった。
それらはすでに、石ころと同じだった。
いや、死体は銀時にとっては生きる糧だ。
石ころよりは、よほど有益だった。
辟易したのはその腐臭と虫の多さだったが、それもすぐに慣れた。
そうなればこの場は、快適とは言い難いが、落ち着けた。
だれも銀時を脅かさない。
時々、どさ、と大きな音がして驚くこともあったが、 大抵は腐った死体から頭が落ちたとかそんなことだった。
原因が分かっていれば、何のことはない。
ここが臭いのは、死体が腐っているから。
虫がたくさん湧いているのは、死体が腐っているから。
大きな音がするのは、死体が腐って体の部分がもげて落ちたから。
何も、怖くない。
怖いのは、何が原因なのか分からないとき。
何も見えなくなる暗い夜は、特に嫌いだった。
今までそこにあったものが見えなくなる。
本当にそこにあるのか、分からなくなる。
見極めようと、見えない目をじっと凝らして闇を見つめていると、 今度は見えるはずのないものが見えてくる。
そうすると次第に耳も、いろんな音を拾ってくるようになる。
誰もいない戦場の跡。
ここにいるのは銀時と数多の死体だけ。
そう思えば、この世界はとても静かなはずなのに。
暗闇に響く音は多すぎて、銀時は小さいその身をさらに縮めて、じっと夜明けを待つしかなかった。


闇雲に走り回っていた銀時だが、踏み出した一歩が、宙を掻いた。
一瞬の浮遊感の後、急速に落下する感覚。
(落ちる…!)
と思ったとき、襟を捕まれ力強く引き戻された。
勢い余って反対側に倒れ込んだが、銀時はその腕と胸でしっかり抱き抱えられ、 受けた衝撃は覚悟した以上に軽かった。
代わりに松陽が、床に打ち付けた背中の痛みと、胸で受け止めた銀時の重みで、うぅ、と呻いている。
銀時はわめきながら走り回った揚げ句、床よりも低くなった土間に転がり落ちようとしていた。
松陽は銀時に安否を尋ね、その涙を拭いた。
「変な音がする。家の中に、何かいる」
「イタチかな。昼間にちらっと見たから。まだいたのかもしれない」
よしよし、と銀時の背を優しく叩く。
胸に銀時を抱えたまま、松陽は「よっこいしょ」と立ち上がった。
「そんな音じゃない…もっとこう、ピシッとかミシッとか、そんな感じの…! ざわざわいったりかさかさしてたり、ここ、何か変なのがいる。たくさん…」
松陽の襟を握りしめ、銀時は一生懸命言い募る。
松陽は、あぁ、と頷き、土間に降りた。
戸を開け外に出ると、春の温んだ夜風が銀時の髪を揺らした。
月のない今夜は真っ暗だと思っていたが、空に登るたくさんの星は、小さな光を寄せ集め、 精一杯、だがぼんやりと辺りを浮かび上がらせていた。
「銀時」
銀時の耳元で、松陽の低い声が響く。
「耳を澄ませてごらん」
銀時は松陽を見上げ、僅かに首を傾げた。
それでもその首にしっかりと腕を回してしがみつくと、肩に頭を乗せて目を閉じた。
風の走る音がする。
それにかきまわされて揺れる木の、枝や葉の擦れる音。
それよりもっと小さく柔らかな、足下の草の揺れる音。
かさかさと虫の這い回る音。
家の前の田圃に張られた水が揺れる音。
「何も、怖いことなど無いんだよ」
収まりの悪い銀時の髪を撫でながら、松陽は言った。
「今お前の聞いている音は、みんなが生きている証なのだから」
「家の中のも?」
「そう。この家も、古いけれどがんばって生きている」
銀時の問いに、松陽は微笑みを浮かべて頷いた。
「何も、怖いことなど無いんだよ」
そう繰り返す松陽に、銀時は再びしがみついた。
耳を押しつけ、目を閉じる。
抱きしめてくれるその体から感じるのは、じんわりとした暖かさ。
聞こえてくるのは――命の証。
とくん、とくんと繰り返すその鼓動に耳を澄ませ、銀時は「怖くない」と、小さく呟いた。
作品名:ねーぼけーたひーとが♪ 作家名:Miro