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淀みない彼の部屋

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トムさんの部屋は綺麗だ。ここでは物々が全て意味を持って存在し、静謐な空間を象っている。無駄な物が無いのだ。だから、散らからない。であるから、例えば今ここには昨夜二人で空けたビールの缶が十数本転がっているが、それでもこの部屋は綺麗だ。ここでは、全てに意味が生きている。この空缶は今がつい喉を潤したくなる気候であることの証明であり、この気候は俺が上半身裸で快適に寝てしまえた事を肯定し、やはりそれぞれに存在意義がある。意味ある物に支配された空間は、秩序に満ち満ちている。つまり、無駄がないイコール散らからない──と、言葉遊びの域を出ない考察から、一つ勝手な結論を打ち出したところで、平和島静雄の思考は逸脱した。何時の間に目を覚ましたのか、先程から彼が想いを馳せていたこの部屋の主が隣室のベッドから起き出したからだった。ドレッドヘアの家主、田中トムは、薄いTシャツにトランクスという無造作な出で立ちで、自分よりも更に締まりの無い格好でソファに寝そべる部下を見下ろした。
「はよーございます」
「お前パンツ一丁はさすがに早いんじゃねーの。まだ5月だぜ」
「体には自信あるんで、問題無いっす」
「いくら怪力つったって風邪は引くだろうが。分かりましたって言やーいんだよ」
彼にそう言われて断る理由もない平和島は、いつものように「うす」と短い返事をした。すると、田中はいかにも満足気に笑みを浮かべ、ソファの脇にしゃがみ込むと目の前に来た金色の髪をわしわしと掻き回した。犬のようだ、二人は心の内で同じことを考え、互いに表情が見えない位置でほぼ同時に苦笑を浮かべた。田中は、彼に言えば怒るのだろうと思い、平和島は、そんな可愛いものではないと思っていた。
その時ふと、田中の目に止まったのは、うつ伏せの部下の背中だった。均整の取れた背骨や肩甲骨の並びに、普段の彼からは見て取れない規則正しさのようなものを感じて、妙な気分になる。そのまま何気無く、手が彼の背中をなぞり出した。指先が触れた瞬間、その背中は戸惑った様子で動きが止まったが、田中がそのまま撫で始めると段々と力が抜けて、されるがままに落ち着いた。余分な肉が無く綺麗な骨組みに支えられた、彼の背中。触り心地は良好である。
「無駄がねえなあ」
「……そうすか」
ここで平和島は、やはりそうなのだと一人得心していた。やはり、この部屋に無駄な物は一つとして無い。
「お前うつ伏せで寝んだな」
「うす」
「肩凝るだろ」
「凝ったこと無いっす」
それは、うつ伏せで寝て凝ったことが無い、という意味なのか、はたまた生まれてこの方一度もない、という事なのか、田中は考えあぐねた。あり得ない話ではない、と思う。何せこの男は、疲れ知らずの喧嘩人形だ。
しかしそんな疲れ知らずの彼は、その時珍しく激しい眠気に襲われた。平生彼は朝に強い男である。一旦目が覚めると、脳より先に体が起きてしまうらしく、それ以上眠れなくなる。そもそも普段の睡眠時間も長くない。それほどに鋭敏な彼の肉体、それが今、睡眠を欲している。先程まであんなに覚醒していた意識が、遠退きかけている。ソファに体が埋まりそうだ。
「……トムさん」
「ん、」
「もうちょっと、寝てていいすか」
「別に良いけど、なんだお前、いつも寝起き良いのに、珍しいな」
「……うす」
眠気の理由は明白だった。自身の背中に恐ろしく馴染む掌。そこから伝わる温度。するすると、心地好い熱が平和島に伝わった。そのとてつもない安心感、安定感。そしてそれらに全てに、平和島は打ちのめされる。
この人は、これ程までに、俺と言う精神を支えている。この部屋には、無駄な物など一つもない。ここにいる俺は有意味な俺だ。この、体ごと呑まれるような安心感を、この人はどうして何事も無いかのように造り出してしまえるのだろう。自らが疎む暴力をさえも、生産的且つ有意味にしてしまう、この人は一体何なのだろう。普段使い慣れない思考回路は、的確な答えを出す力が無い。否、その答えは必要無いのだ。この部屋に、無意味な物は存在し得ない。彼の存在があれば、平和島には十分だった。
「朝飯食ってくか」
「ありがとーございます」
「んじゃまー寝とけ寝とけ」
田中は彼の背筋をなぞり続ける。気持ち良さげな部下を見て、昔から、何と無くこいつは可愛がってやりたくなる、やっぱ犬みてー、そんな事を考え面映ゆい気持ちになる。そしてそんな自分に驚く。驚いた自分を、諌める。都会の朝の冴えた空気の中で、平和島が眠るのを待つ。
彼に痛みを伝えない手は、今日もあたたかく、彼のかたちを作っている。
作品名:淀みない彼の部屋 作家名:空耳