天空天河 八
十三 安息 その二
「つぅ、、、。」
転寝(うたたね)をして、変に固まってしまった身体の痛みに、靖王の目が覚めた。
目が覚めれば、長蘇は目の前で静かに眠っていた。
靖王は、長蘇の姿にほっと一安心をする。
自分は武装をしたまま、長蘇の枕元で眠ってしまったらしいと気が付いた。
靖王は、どの位、眠っていたのかと、あたりを見回す。書房の外はまだ真っ暗だ。
幾らも寝てはいないのだろう。
少し寝たせいか、疲れと眠気で、身体が更に重くなっていた。
靖王の身体には、衣が掛けてある。
━━一体誰が掛けたのか。
誰も入るなと、厳命していた筈なのに。
、、、まぁ、、、いい。
だが後で追及せねば。━━
立ち上がり、衣を片付け、自分の武装を解いた。
一人で鎧や手甲を外し、鎧専用の台に片付けた。
そして、このまま長蘇の側へ行こうとして、ふと気が付き、自分の身体の臭いを嗅ぐ。
━━臭くは、、、無い、、、、、、よ、、な?。━━
ずっと駆け通しで、汗も幾らかかいた。
「、、、、。」
長蘇の身体を拭いた湯が残っている。
そそくさとすっかり冷めた湯で、顔や身体を拭いて、綺麗に洗ってある肌着に着替えた。
━━夜具は一つしか無いし、、、、配下を起こすのも、まぁ、、何だし。
寒がりの小殊を温めてやらねばな。ㇷㇷ、、。━━
言い訳をつけて、長蘇の夜具の中に入る。
長蘇はぐっすりと寝ていて、起きる様子はなかった。
案の定、夜具の中は、少し冷たい。
長蘇の体温が上がらないせいだった。
━━何故こんなに、身体も体質も変わってしまったのか。
小殊は火の男と言われるくらい、体温が高かった。
赤焔事案からの月日に、一体、何があったのだ。━━
『長蘇が自ら話してくれるまで、聞く事も探る事も止めよう』、そう靖王は心に決めていた。
決めてはいるが、身体の心配をする事は止められない。
幾らでも温まった所に寝かせてやりたいと、靖王は自分が横になった場所に、長蘇を移してやった。
長蘇が寝ていた所に今度は靖王が横になったが、床は少しも暖かくなく、ひんやりとしていた。
靖王は顔を顰(しか)める。
━━私が小殊を温めてやる。━━
靖王は、長蘇の身体を引き寄せ、腕枕をして抱いた。
静かに眠る姿は、嘗ての林殊の姿とは、似ても似つかない。
長蘇の手も冷たく、せめて握って温めようと、指を絡ませ、そっと口付ける。
仄暗い中でも、長蘇の黒い爪ははっきりと見てとれた。
━━どうして、、こんな事に、、。━━
優美な白い指に、禍々しい黒い爪。
長蘇の胸の痛々しい痣を思い出す。
━━こんなもの、、私の身体に移ってしまえばいいのに。
強く健康な私ならば、きっと何も害はない筈。━━
靖王は思い立ち、長蘇の肌着を開けた。
包帯をそっと解き、傷口を見れば、傷跡はすっかり消えていた。
靖王は顔を顰める。
━━『魔』のせいであるからか、、あんな深い傷が、すっかり治っている。━━
靖王は自分の肌着も開いて、長蘇の胸とぴたりと合わせて、抱き締める。
長蘇の痣は盛り上がっていて、靖王の合わされた胸は痣の存在を感じる。
━━こんなもの!、私に移って来るがいい。
小殊の身体には、一つの赤みも残さずに、全て私に入るのだ!。━━
靖王は強く願ったが、何も起こらない事に、己の無力さを感じた。
長蘇の身体を温めていると、林殊との思い出や、梅長蘇と初めて出会った時の事が、沸々と頭を[[rb:過 > よぎ]]る。
林殊の笑った顔が、いつの間にか、梅長蘇の微笑みに変わり、時折見せる自信満々な表情が、林殊に重なり、、、
靖王の意識は、やがて眠りの淵へと降りていった。
────十三 安息 その二 終─────