イラない贈り物
フリープログラマーの本田菊は、その頭脳と技術を生かして自宅で仕事をしている。
今月の仕事をやり終えてほっと一息、さてパソコンの中の嫁に会おうという時に玄関のチャイムが鳴った。
そういえば昨日、新しい嫁(ワンコインフィギュア)が来るのだった軽い足取りで迎えにいく。
だが、受け取った包みは嫁以外にもう1つあったらしい。
嫁をじっくりと堪能して、所定の場所へ。
綺麗に収まった嫁を写真に収めてから、正体不明の包みへと向き直った。
「さて、これ…なんでしょうねぇ」
様々な事件が頻発する昨今、警戒しておいて損はない。
両手の平に乗るくらいのサイズの包みをゆっくりと持ち上げてみる。
かなりの軽さだ。一体なにが入っているのだろう。
菊は眉を顰めたところで、箱に文字が書いてあるのを見つけた。
「株式会社…ソフティア・ランド…?」
名前を聞いたことのある会社だ。
確か、ゲームやらソフトやら開発している会社だ。
菊も一度はこの会社のものを購入したことがある。
小さい会社ながら、中々に面白かった。
ただ、女性向けのものが多かったはずだ。
一般向けや男性向けを得意とする菊は、1種類くらいしか購入していない。
名前を聞いて、そういえば…とぼんやり思い出したくらいだ。
まぁ、利用したことのある会社だし、評判も悪くなかったはずだと少し安心して箱を開いた。
そこには、一枚の紙とディスクが入っていた。
「えーと、なになに…この商品は開発中のソフトです。このソフトのモニターをランダムでお願いしております。了承し、モニタリングしてくださる方には、半年後に謝礼を送らせて頂きますので、是非ともよろしくお願いいたします・・・か」
どうやら、試作品らしい。
ソフトを起動するだけで、謝礼なんていい話だ。
稼げればジャンルを問わない菊を見込んで、仕事仲間の誰かが紹介でもしたのだろう。
「勝手に人のこと紹介なんて、きっとフランシスさんあたりですね。もう、気楽に教えちゃだめっていっとかないと…」
ぶつぶつ言いながらも、菊の手はディスクを取り出してる。
気楽な自宅勤務だ。ソフトを入れるくらいなら問題ないだろう。
それで謝礼なら、かなり美味しい。
「まあ、変なソフトでも、この私の組んだ優秀なパソコンには適わないでしょうし!ふふふふ…鉄壁のセキュリティは例え内部からでも突破できませんよぉ~!」
仕事も終わった開放感と嫁がきた嬉しさテンションが高い。
菊は鼻歌を歌いながらソフトを起動させた。
起動音と共にインストールが始まる。
長くかかるかと思いつつ、近くに積み上げている薄い本へと手を伸ばしたところで、いきなりソレは現れた。
『よ、よぉ…お前が新しいマスターか?名前を聞かせてくれ。マイクがあるならそっちがいいぞ!』
ウィンドウやらが出てくると思っていた菊は度肝を抜かれた。
だって、デスクトップに映し出されたのは、1人の青年だったからだ。
「これ…なんですか? ん?この顔どっかで…」
眉を顰めて、顎にて手をやりながら、画面に近づく。
すると、画面の青年はポッと頬を赤らめた。
「!!??」
『そ、そんなに近くで見るなよ。べ、別に照れてねぇからな!』
バッと顔を上げると、ウェブカメラが作動している。
マイクもいつの間にかオンになっていた。
『お、俺は開発ソフト「いつでも傍に ~アーサー・イライラver.~」だ!マイクとカメラが用意してあったから、起動しておいてやったぞっ。別に感謝なんて…いいんだからな!』
「な!? 勝手に!? 私の…パソコンのセキュリティは…」
『俺自身がセキュリティも兼ねているから、お前のセキュリティとは仲良くなったぞ!これでいつでも俺はお前の傍にいられる。あ!別にお前のためじゃないんだからな!』
菊の顔がみるみる歪んでいく。
なんだこれは。
「イライラバージョンって…どういう思考回路なんですか!人のパソコン乗っ取って…!!」
『あ、俺はアーサー・カークランドだ。今をときめくアイドルだな!お前も名前くらいは知ってるだろ?』
嬉しそうに自己紹介までしてくる。
もちろん、その名前には聞き覚えがあった。
普通のアイドル活動から、ちょっとレアな活動まで幅広い。
歌を歌えば上手い上にジャンルを問わず、ロックを歌って若い子を魅了したり、演歌を歌っておば様達の心を掴んでいる。
演技もコミカルなものからシリアスまで演じわけ、時にはコスプレやコントもやってのける。
幅広い年齢層、男女の区別なく支持を受けているアイドルなのだ。
端麗な容姿とその能力の高さから、一部では3Dで作られたキャラなのでは、と噂が飛び交うほどだ。
チャームポイントは太い眉だ。
そんなアイドルのパソコンアクセサリー(?)
好きな紳士、淑女にはたまらないだろう。
だからって…イライラバージョン?
さっきの箱をよく見れば、もう一枚の紙と底の方に敷き詰められた何かがあった。
「ん? …このソフトはイライラバージョンです。ちょっとしたイライラから大きなイライラまで体感できます。イライラが溜まったら、同梱の『モチリス・モンスターバージョン』を思いっきり殴ってストレスを発散しましょう!ストレスの多い現代社会にはぴったりの商品です! …はぁああああ!?」
この「!」がムカツク。
人付き合いが面倒でこの仕事しているっていうのに、自宅でストレス溜めるなんて言語道断だ。
消してやろう、とマウスを握った時に、アーサーがにっこりと笑った。
『あ!そうだ。俺を消そうとしても無駄だからな!アンインストールした瞬間、メインコンピューターに「恨み言アーサー」が焼きついちまう。そうしたら、このパソコンを使う限り、俺が泣いたりわめいたりしながら、お前に恨み言っちゃうんだからな!』
な に そ れ こ わ い
菊の額から、ゆっくりと冷たい汗が流れていく。
天使のような微笑で、目の前のアーサーは小首を傾げた。
『これからよろしくな!なぁ、早く名前教えてくれよ!お、お前のこと別に…名前で呼びたいとかじゃ…ないんだからっ!』
もじもじと恥らったような仕草とツンデレな言葉がイラつきを増幅させる。
菊はガッと箱の中の何か…説明によると「モチリス・モンスターバージョン」を手に取った。
「人の!!」
ドカッと左手で壁に押し付けて、右手で拳を握る。
「パソコンに!!」
そのまま、怒気を纏ったその拳を「モチリス・モンスターバージョン」へとめり込ませた。
「なぁにさらしとんじゃあああああああああ!!」
連打を続ける菊の拳は、光速を超えた。
こうして本田菊の奇妙な同居生活が始まった・・・