撃ち落とされるまであと5秒
※ 静帝←臨ですが、気持ち的には臨帝です。
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もしもあの瞬間、目が合わなければ
すべてを受け入れる振りをしながら実際は日常のすべてに関心すら抱かないようなその目に 気づかなければきっと
名前も知らない儘だったに違いない。
心臓を撃ち抜かれたのは多分、俺の方が先。
「…帝人につきまとうの、いい加減やめてもらえませんか」
昼休みの屋上。日陰に座って携帯をいじっていると、それを覆うように出来た影から静かな声が降ってくる。給水タンクに寄りかかったまま顔をあげると、見慣れた顔。──1年の、紀田正臣。彼とは浅からぬ因縁があって、学園での数少ない知人の一人でもある。彼からすれば甚だ不本意だろうけど。
発せられた言葉の中に現れた名前は、いままさに俺の携帯の液晶に映し出されている情報の主に相違ない。パタン、と携帯を閉じて、「どういうことかな?」知らぬ存ぜぬを決め込んだ。
「誤魔化さないで下さいよ。直接話してないから帝人は気付いてないけど、アンタいろんなところから帝人の情報を集めてるだろ。帝人を使って何をする気なんだ」
「…別に何も?好きな相手のことを知りたいと思うのは当たり前の事だろう?」
彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべはしたが、反論はしなかった。できないほど呆れていたのだろう。話をしたこともない相手を好きだなんて、ありえないとはいわないが確かに俺らしくはないかもしれない。俺自身も誇張はしたが確かにまだ「気になる」という程度のレベルから脱したわけじゃない。
だからこそ、彼を知る価値がある。俺は携帯を制服のポケットに突っ込むと立ち上がった。
「大丈夫。君の大切な親友に危害を加えるようなことはしないさ」
その言葉だけで、彼は俺がどれだけ帝人君のことを調べているのかわかったんだろう。大丈夫だと言っているのに逆に顔を強ばらせ、おろされたままの拳をぎゅっと固く握ると、「絶対に、ですね」と念を押した。
「勿論。約束するよ」
大仰に両手を挙げて降参とでもいうように続ければ、はあ、と無理やり自分を納得させたような溜息とともに、わかりました、と小さな返事が聞こえた。
小気味良い感情が胸を掠める。1年生に対する興味なんて、せいぜいこの程度だったのにな。
自分の言動を誰よりも「らしくない」と思うのは俺自身で、だから
「絶対に…っ!やっと幸せそうに笑うようになったあいつを…傷つけるような真似だけは絶対…、」
屋上を後にする途中、背後からぶつけられた切羽詰ったようなその声は、あまり俺の意識の中にとどまってはくれなかった。
教室へ戻る途中の長い廊下で、思わず足を止めた。向こうから歩いてくるのは竜ヶ峰帝人、本人。あまりのタイムリーさに軽く喉を鳴らす。数メートル先で俺に気づいたのか、彼も足を止めて窺うように俺を見上げた。移動教室の途中なのか、胸に抱き込んだ教材を握る手に力を込める。
初めて彼に出会った時と同じ距離。あの日彼は同じように正面にいて、自分を見下ろす男を訝しむように見上げていた。
怯えるようでいて、何も怖がっていない、何でも受け入れるようでいて、実際は日常の何もかもを拒絶するような目。
ぞくぞくした。この目が俺を映し、色を変える様を見たい。
どんな風に泣くのか。どんな風に笑うのか。何になら興味を示すのか。
一歩距離を詰め、ゆっくり手を伸ばしたその瞬間、彼の視線が動いた。不安げな色が幸せそうなそれにかわって、焦点は俺のもっとずっと後ろ。振り返ると更に数メートル先に、こちらへと歩いてくる平和島静雄の姿があって。
「う、そ。シズ…ちゃん?」
思わず声に出してしまってはっと口許をおさえる。ここで揉め事を起こすのは厄介だ。問題はそれよりも、
彼の視線が、関心が、まぎれもなくあの男に向かっているのだという事。
「静雄さん、」
追い打ちをかけるように発せられた声は、自分が想像していたそれよりもずっと明るく艶めいていて、それだけで彼の感情を物語る。
呼びかけられて彼に気づいたシズちゃんは、ポケットに入れていた右手を軽く挙げて、「よう、竜ヶ峰」と驚くほど優しく呼んだ。
視界に入っているはずの俺の姿を、素通りして。
「…え?」
いつもなら俺の顔を見ただけで、その辺のものをぶん投げて襲いかかってくる。それくらい俺とシズちゃんは仲が悪い。でも今、俺の向こうに帝人君がいる、ただそれだけで
俺は確実に、蚊帳の外にいた。
『平和島静雄が1年と付き合い始めたってマジ?』
『竜ヶ峰?そういえば3年の怖そうな人と一緒にいるとこ、最近良く見るけど。アイツ大丈夫なの?』
必要ないだろうと意識から追いやっていた情報が、頭の中で集合してひとつのピースになる。
なにより避けたかった事実。見たかったはずの彼の表情の変化を、こんな形で見せつけられたことも、シズちゃんが殺したいほど嫌う俺の存在すら、忘れるほど彼に執着しているのだということも、
ふたりが俺の知らないところで幸せそうに笑うことも。
こんな非日常なら要らない。
俺はいったいどちらに、ショックを受けていたんだろう。
作品名:撃ち落とされるまであと5秒 作家名:和泉