並盛事件
ゆさゆさと今日も自慢のリーゼントを揺らし、草壁は報告した。
報告する対象はもちろん、彼が崇拝する風紀委員長雲雀恭弥、その人である。
雲雀はまるで、行儀とはこれだとでも言うように、机の上で足を組んでいる。
机とは驚くことに勉強机だ。場所はうららかな光差し込む応接室ではなく、もっと殺風景な教室。
草壁は当たりをつけてやってきたのだ。群れることを嫌い、
周りをかぎまわられるのも当然のごとく嫌う彼が、自分の行動に対し行うだろう反応を熟知した上で、探したのである。
何より彼が愛する並盛のために。並盛の風紀のために探したのである。
その意図を察したのか、単に機嫌がよかったのか、雲雀はどうやら今、草壁に制裁を加える気はないらしい。
無言で草壁に先を促した。
話はこうである。
近日、並盛の住宅街において、子供・・・特に十代前半の少女少年の集まりやすい場所に
全裸の中年男性が出没しているといった話である。
「で?」
雲雀は足を下ろすこともせず、草壁から手渡された、警察から届いた報告書を流し見た。
流し読みしているようでその実、しっかりと被害状況、被害者、現場を記憶していることを草壁は知っている。
おそらく雲雀の頭の中で、次に起こる事件現場の検討と時刻をたたき出すべく、脳細胞が活発に電波を飛ばしているのだ。
「いったい、何だってこんなに露出狂が増えたのか、警察はちゃんと調べてくれてるのかな?」
今年に入ってもう五人目だよ。
並盛の主の目に雷火がはしる。草壁は一瞬にして脊髄の温度を下げたが、顔に出すようなまねはしなかった。
雲雀のとげはわかりやすい。戦闘狂である。自己中心的な人間というより、理不尽が服を着てトンファーを携えているといったほうがいい。
けれど、理解できるか否かは雲雀ではなく、理解する側の器量だ。近くにいればいるほど、彼の行動パターンは把握できてくる。
地雷のような彼のとげは、近づくことによって姿を現すのだ。そこまで近づければわかるものも出てくるだろう。
権力を掌握する大人のさらに上に君臨する彼は、ハリネズミのような少年でもあった。
「それが・・・事情聴取を担当したものが言うには、共通点があったようで」
「何それ。報告は受けてないよ」
「はあ・・・その。真に受けなかったらしく・・・報告を怠ったわけではないと、」
「言い訳?素敵だ。トンファーも喜ぶね・・・で、共通点って、なんだい?」
見えていれば怖くない。だが、草壁は次に自分が彼に言う言葉が、どれだけの影響を及ぼすのかわからなかった。
「その、今まで逮捕された露出狂は・・・・・・・全員。並盛中学校付近で、たびたび下着姿の少年を見かけ、触発された、と・・・・・」
雲雀の目に浮かんでいた雷火が一瞬失せた。
一気に夜を溶かしたようになった瞳。それも半瞬。
すさまじい勢いで黒い瞳のそこ、爆発したような輝きが噴出す。
並盛中付近で少年の露出狂。
それは真に受けなかったに違いない。
雲雀のお膝元で、しかも少年が、そんな愚行、できるはずがあろうかと。
普通であれば、思うだろう。
そのため、検挙された露出狂たちは何らかのグループで、
この頻繁に起こる公害事件は集団犯罪ではないかという方向で捜査が進められていたらしい。
草壁は暑くもないのに汗を背中に感じながら、報告を終えた。
雲雀は何も言わない。もはや視線さえ草壁に向けてはいない。
彼は机の上に組んだ足をその机に視線をやっていた。周りを取り囲むのは、また同じような机である。椅子。黒板。掃除用具いれ。
全部がうっすら色づいて、殺風景さが少し薄れている。
うららかな午後の光は浄化作用がたぶんに含まれている気がする。きれいな琥珀色の空気だ。
せつな。
草壁は両腕を顔面で交差させた。間に合ったようであまり意味のない防御を、無意識につくった。
体の重力が一瞬霧散して急激に体に戻ってくる、その衝撃。
草壁は背中から床に倒れこむ。視界はだから、天井が見える。
「ふうん。面白いことを言うね。触発、か」
涼しげな声は、もはや教室の外から響く。それに伴って廊下を歩み去る音も響く。
ああ。やっちまったか。草壁は潔く、眠りについた。
「そんなにあの体、魅力的なのかな。どこもかしこも貧弱じゃないか」