夕暮れ闇夜
なんだかアンニュイだなあと臨也は寝返りを打った。隣で静雄がすやすやと寝息をたてている、こんな状況は行く末もう二度と訪れないだろう。
臨也は人を愛していた。それは独り善がりなものだと気づいている。けれどその先に考えを及ぼしてみた。
「ねえシズちゃん、君はずっとそうやって寝てればいいのに」
可笑しなことに、彼が起きているときよりも隣で寝ている今の方が二人でここにいる気がするのだ。
人を愛で続けた後には孤独が待っている、いい加減身をもって自覚してきたのに俺はこれからもそれを続けるらしい。俺は興味のある事に貪欲だけれど人が恋しくて、君に好かれたいと思うのもまた欲求なんだ。
知りたいことがいっぱいある、やりたいことが沢山。人間へ向ける愛はエゴだからね、自己中なやつを好く人間なんていないよね、でも俺は好かれたいんだ。でも人を愛することに貪欲でもいたいんだ。二つ同時には叶えられないってやっと分かった、欲求に従ったら欲求同士がぶつかり合って、全部は思い通りにいかないものみたい。
「俺って二股かけて悩んでる駄目な男みたいだね、全然違うのに――むしろほんとに、そうならよかったのに」
起きる気配が見受けられないので、明るく染められた髪を遠慮がちに撫でてみた。黒髪とは違って、よく光を反射させる、太陽に馴染めちゃう色だ。黒髪は陽を当てられても光に溶けることなくしっかりと境界線まで分かるのに。
「うぅ……腹減っ……」
寝言に慌てて手を引っ込める。
「はは、ごはんの夢でも見てるのかな」
胸だったか腹だったか、とにかく身体の奥から出てきた声音の優しさに、臨也は自分でぎょっとした。それからじんと熱くなるものを遣り過ごす。自分の声に泣きそうになるなんて本当にナルシストだなあと口元を吊り上げて、その頃には込み上げてきた熱はやんで変わりに恐ろしく冷たい火が灯り始めていた。
欲望を抱えて色んなものを飛び越えちゃうまま、このまま自分勝手なまま、相手のことなんてある意味では考えても本当には考えないまま、そうしたら彼の心は自分から離れていくばかりだろう。愛されようとしなけりゃ、歩み寄らなきゃ、愛さなきゃ、愛してなんてもらえない。ようやっとそれを学習したら、余計にどうしようもなくなった。
「シズちゃん、ねえシズちゃん」
疲れているのだろう、再び深い眠りについてしまった彼の頬に起きないでねと祈りながら口をつけた。
俺は一向に定まらない、いつだってふらふら進み続けている。でもその中で定めなきゃいけないことがあって、決めたらきっと取り返しはつかないのだと思う。何を今更、分かりきったことなのに、それでも静雄から好意を向けられてみたかった。愛されたいという欲求、人を愛したいという欲求。決して並べられるものではないのに、並べずにはいられない。
「愛してるよ」
その言葉の行き先は分からない、けれど人間を愛した果てにあるのは孤独だけ。だって最初から一人相撲なのだから。
シズちゃんがいる限り俺は全ての人間を愛せないと、臨也は静雄の首にそっと手をかけた。
「ふん」
心地よさそうに眠る静雄は子供みたいで憎たらしさはちっとも感じなかった、目をつむって無防備に寝息を立てている。どうせ殺せやしないのに、ちんたらとこんなことをやっていては起こしてしまう。そう思って、それと同時に何を考えたか。ここで殺したら自分がやったって分かるなあと、そんなことを考えたのだ。
やはり、俺はそういう人間らしい。
彼のことは嫌いだということにしておこう、それがいい。
「嫌い、大嫌い」
そんな個人的な感情を持ったっていいだろうと投げやりだった。シズちゃんのことは嫌い、理解できないからでも人間だと思っていないからでも何でもない、嫌いだから嫌い。大嫌い。
俺のやってるこれは、これからも続けるこの仕打ちは、嫌いなやつにすることだろう? 好きだったら好かれようと励むさ、嫌われたいからこうするんだ、嫌うんだ。
その代わり、人間のことをもっともっと愛そう。だから人間の方も、俺を愛するべきだよね。
「キスしたら起きるかなあ、あーもう、シズちゃーん? 起きなよ、起きなって」
言う言葉はそんな内容なのに、声は控えめに小さかった。
音もなく唇を近づける。そのとき、静雄の目がぱっと開いた。
「ああ? 寝覚めが悪い、なんだまだ夢なのか」
キスは出来ずじまい、平然と臨也は自分の顔を整えたのだが。寝ぼけていたのかまだ夢の最中だったのか、さっきのはうわ言だったようで、彼はまた眠りについてしまう。
「そっちは俺のことなんか、考えてすらないんだろうけどね」
俺は一体、彼の頭の中をどれ程占めているのだろう、こちらの方が多いのだと、見て取れるようだった。ひょっとしたら、今夜のご飯についてより劣っているのだろうか。いや、人と食べ物を比べても仕方ないのに、本当に馬鹿だなあ。
「臨也? あぁ、いるわけねえか」
目が覚めたら静雄は一人だった。その頃臨也もまた一人で、ただ違うのは、臨也はこの先もずっと一人で、静雄はすぐに誰かに愛される。全ては自業自得、自分のせいと、自分のおかげ。
「あー、喉渇いた。あとなんか甘いもん食いてえな」
呟いた静雄の頭の中に臨也はいなかった、そしてその時分臨也の頭にも、静雄はいなかった。ただ前者は自然のことで、後者は無理にそうしたことで。静雄は明るい髪をかきながら夕方の街並みを歩いていく、臨也は闇夜を歩いていった。