カフェてんちょウドと謎の銀髪のぬい
洒落たカフェで働きたい。そう思い立ち、ようやく辿り着いた求人募集。「映え」を意識したメニューもあるけれど、都市部の高級住宅街に囲まれた立地のためか客層は落ち着いているし、アクセスもいいし自給も悪くない。何より賄いが出るのが最高。出会いを求めた下心もなくはないが、それは二の次ということにして。無事面接を通過し働き始めて約2週間。一通りの仕事を頭に詰め込み、先輩の手厚いフォローをありがたく頂戴しながらやっと雰囲気に慣れ始めた頃のことだった。
カフェの店長の名前はクラウドさんという。綿種族、通称「ぬい」というやつだ。綿種族はぬいぐるみのような体を持つ種族で、マスコット的な愛らしさからアミューズメント施設のみならずあらゆるサービス業に従事する亜人類だ。クラウドさんはぬい族にしては頭身が高めの、きりっとした顔立ちが格好いいぬいだ。ぬいは力仕事が苦手な代わりにプロモーションや接客が主な仕事につくことが多いというが、クラウドさんはその長い手足を生かして店の中をこまごま動き回り商品補充の手伝いもしてくれる。俺が慣れない業務に慌てているとお客さんの気を紛らわせてくれたりヘルプを呼んでくれたりする。最初は飲食店に綿種族が出入りすることに不安感があったけれど、頼りがいのある働きぶりに評価は覆った。なにより可愛いし。目鼻立ちがしっかりしているのに動きがぬい特有のもったり感で、そのギャップが非常に可愛らしいのだ。意外と食いしん坊で、暇を見つけてはフードメニューをチェックしているのも愛らしい。
今日もクラウドさんは期間限定メニューの表を見て体を揺らしていた。動物型ぬいを模った蒸かしまんとボリュームのあるハンバーガープレートで迷っているらしい。その後姿を眺めていると来客を告げるドアベルが鳴った。反射的にいらっしゃいませと声をあげたものの、お客さんの姿はない。不思議に思いレジから出ると、足元にさっと横切る黒い影があった。飲食店の大敵!……ではなかった。ぬいだ。黒い服を着た銀色の頭部がぬいらしからぬ素早さで移動し、ひょいひょいとレジカウンターを渡り、店長の隣に納まった。そのぬいの顔を見て俺は驚いた。背後に飾ってあるポスターの男を模した造形だったからだ。
「セフィぬい……!?」
セフィ、というのは星の天敵とされた男の名前である。そしてそれを打ち破った勇者の名前がクラウド。名前の通り、クラウド店長のモデルとなった男だ。モデルが宿敵同士であるのに、クラウドさんの様子は変わらなかった。隣にやってきたセフィぬいにわずかに場所を譲り、一緒にメニューを見てあれやこれやと身振りをしている。ぬいの言語はぬいにしか聞き取れないので何を話しているのかは分からないが、一緒に食べる算段をつけているのだろう。仲睦まじく見えるその光景を俺は唖然として眺めるほかなかった。
「ああ、いらしてたんですね、セフィさん」
ごみ捨てに出ていた先輩が戻ってきて、セフィぬいを見てそう言った。
「先輩、あれって……」
「君、セフィさん見るの初めてだっけ?」
「はい、あの……お客様なんですか?それとも店員?」
「うーん……説明が難しいな」
「セフィのぬいを出入りさせていいんですか?だって、セフィって……災厄、ですよね」
俺の言葉に先輩は苦笑いした。
セフィの名前は世界を混乱に陥れた災厄の名前として語り継がれている。遠い神話のような話だけれど、現行の法律が彼の存在を証明している。彼を模したぬいは法によって出生を制限されている。彼を模るものは災厄を戒める目的で運用されなければいけない。本当の名前すら半分削られて、ようやく後世に記録を許された存在だという。そう定められているものが、なぜここに?
クラウドさんはセフィぬいとわちゃわちゃと身を寄せ合いながら厨房の注文口へ向かった。何を食べるか決まったらしい。時折セフィぬいに顔を寄せ首をかしげる仕草は、俺の知らない店長の一面だった。格好いい印象の店長の雰囲気が可愛らしく――可愛いのはいつものことだけれど、甘いというか。ぬいの表情は一定で変わることはないはずなのに、店長の表情がほころんでいるように見えて、俺は目を逸らした。そう見えたのは店長の食い意地のせいだと思いたい。見慣れたはずのひとのプライベートを覗き見してしまったような気恥ずかしさがあった。
「……生まれはなんであれ、仲がいいってことは、いいことじゃない?」
何らかの構文じみた先輩の言葉に、俺は複雑な気持ちで頷いた。
「……まあ、悪いよりはいい……ですね」
作品名:カフェてんちょウドと謎の銀髪のぬい 作家名:sue