日常
夏目のお弁当はいつも塔子さんの手作りだ。色とりどりかつ栄養のバランスを考えられた献立は、 温かみを感じてとても美味しい。
小学校と中学校では給食だったのでお世話になっている家 人の手を煩わせる事はなかったのだが、高校では給食はない。
毎日お弁当を作ると言ってくれた 塔子に、夏目は初め悪いからと遠慮した。毎日住まわせてもらって学校に行かせてもらっているだけで もありがたいのに、その上毎日弁当を作ってくれるなど、これ以上塔子さんの負担を増やしては悪いと思ったか らだ。
しかし、そんな遠慮している夏目に塔子はやさしく「私が作りたいの。昔からの夢だったのよ、 息子に作ったお弁当を持たせるの。ね、だから私の我侭聞いてくれる?」
その言葉で、夏目は塔子に甘え る事にした。
毎日変わるお弁当の献立に、夏目は毎日お昼の時間を楽しみにしていた。
塔子 の作るお弁当はとても美味しく、食事を終えた後はいつもお弁当箱はからっぽになる。
だが 、このきぬさやだけは違った。
「好きでもないし嫌いでもないけど…どうかしたのか?」
隣に座っている田沼は隣のクラスの友人である。
妖の姿がはっきりと見える夏目とは違って、田 沼は時々気配を感じたり、ぼんやり『なにか』がいるような感覚があるらしい。
田辺との出会いは今ま で理解者がいなかった夏目にとって、大きな出来事だった。妖を見るのはいつも独りだった。自分には見える のに、まわりの人間には誰一人見えない。
確かに妖はそこにいるのに、誰もわかってくれない恐怖 と悲しみにを何度経験したかわからない。
そんな日々に少しだけやすらぎをくれる彼。些細な特別ではあったが、それは夏目にとって安息でもあった。
「あんまり好きじゃないんだ。皮だけを食べているような気がして…」
「ぷっ」
皮だけを食べている。
なかなかおもしろいことを言う夏目に、思わず田沼は噴出した。
笑われた恥ずかしさの照れ隠しなのだろうか。夏目は少し顔をしかめる。
「笑う事ないじゃないか」
「悪い悪い。夏目にも好き嫌いがあるんだなあと思って。それに、そんな理由なんてなんか可愛いなと思ってさ。」
「皮だけを食べているって事が?」
「ああ。そうだな。」
「よくわからないけど、そうなのか?」
「俺もよくわからないけど、おかしかった。」
なんだそれ。
呆れたように笑う夏目の表情は柔らかい。
夏目でも、好き嫌いあるんだな。
それは些細な発見だったけれど、夏目貴志という人間に一歩近づけたような気がして、田沼を晴れやかな気分にさせた。
「もっと頼ってくれてもいいのに」
ぽろっとこぼれたそれは本音だった。対して夏目はなにを急に言い出すのかときょとんとした表情をしている。
夏目は今まで人に頼ることをしなかったのだろう。だから、たとえ些細なことでも夏目が俺を頼ってくれたのが嬉しかった。
「俺じゃなくてもいい。周りのみんなにもっと頼れるようになればいいな。」
それをみんな望んでいる。そして、夏目もそう望んでいるのだろう。本人は気づいていないのかもしれないけど。
「田沼?」
さっきから一人で思考を凝らしている田沼を、夏目は不思議に思ったみたいだ。
「田沼どうした?本当は田沼もきぬさや嫌いだったか?なら無理して食べなくても俺が…」
「あ、いや、そうじゃないよ」
夏目の声で思考を戻した田沼は、照れ隠しに夏目のお弁当箱の中からきぬさやをひょいと摘み上げた。
おわり