その理性の内の野性
余韻に浸るのかと思えば、予想に反して、波江は臨也の薄い胸板を突き放すように押し返し、上半身を起こして目隠しを取り去ると、不可解そうに―――そうして不愉快そうに―――眉をひそめた。
「何をしてるの? はやく部屋から出ていって頂戴」
ひどいなあ、と臨也がおおげさに嘆いてみせる。そもそもここって俺の部屋なんだけど。避妊具の後処理をしてそれをゴミ箱へと投げ捨てると、しょうがなしに、といったふうに、裸体を隠しもしない女に背を向けて、ベッドの端に腰かけた。
「あんたの自慰に付き合ってあげたんだよ? 結構体力だってつかうのに、その言い草ってないよねえ」
肩をすくめて見せながらそう言った、男の不気味に蠢く肩甲骨を眺めながら、波江はおかしそうに笑った。「『付き合ってあげた』? いい、こういうのはね、お互い様っていうのよ」。
乱れたシーツが更にぐしゃぐしゃになるのも構わずに、ベッドの上で脚をすべらせて移動し、彼女は床へと降り立った。先ほどまで意思をうしなったようにシーツの上で広がっていた黒髪が、いまでは重力に従って、すべてがすとんと背に沿って流れている。均整のとれて引き締まった、でもそれでいて女性らしいまるみを帯びた裸体を、誇張するでもなく、彼女はいつものように背筋を伸ばし、歩き出す。臨也の目の前を通り過ぎ、裸のまま部屋を出ていく、その様子を男はじっと無言で眺めていたけれども、女のほうは、ついに一度も彼のほうへ視線をやることはなかった。