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シーツの中の胎盤

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先日二十歳になったばかりの双子の妹たちが、深夜、突然家へとやってきて、オートロック付きのマンションの玄関口、その応答カメラの前で、さめざめと泣いていた。兄は驚き、その次に不審がり、どうした、とロックを解除しないまま尋ねたが、しくしくと大人しく泣いているばかりで何も答えない。開けてよ、とさえも云わないので、臨也は仕方なしにロックを解除してやった。苦々しい思いで、玄関のドアの鍵を開けてやるべく廊下を歩いていく。最初から、応答なんてしてやるべきじゃなかったのだ、あるいは。そう後悔しながら、最後に妹たちの泣き顔を見たのはいつだったろうと彼は考える。少なくとも、自分が高校を卒業する頃には、彼女たちは既に常軌を逸していて、少女らしい感情の起伏だってまわりの人間とはいくらか異なった種類のものであった。
「イザ兄、私たちね、気づいちゃったんだ」
「何に」
「イザ兄と私たちが家族だってこと」
 俺は、ずっと前から知ってたけど。ドアを開けるなりわっと抱きついてきて泣いている二人に、わけが分からないという表情を隠しもせずに、臨也は言う。「一体何なんだ突然」、ドアを閉め鍵をかけ、彼は半ば無理やり部屋へと戻ろうとする。そうすると妹たちもずるずると引きずられるように兄と一緒に移動してゆく。
「私たち、たぶんずっと、忘れてた。イザ兄のこと。本当にひどいことしたわ。ねえごめん、本当にごめんね」
「いいよ、別に」、彼女たちが中学生にあがる前にはもう既に家を出ていたのだから、自分の存在を忘れていたって無理もないし、それに対して心を痛めたことだって一度もない。臨也は、相変わらず妹たちの思考回路とそれに伴う行動への理解し難さに、内臓の重くなるような気持で少しうんざりした。どうして、ドアを開けてしまったんだか。そうして再び始点へとかえって自身を責める。
「私たち二人でひとりじゃない。三人でひとりなんだって、早く気づくべきだったのに」
「……俺のことはいなかったことにしてくれる」
「そんなのできない」
 しゃくりあげながら、彼女たちは、今までひとりぼっちにしてごめんね、とそれぞれに兄へと向かって謝った。欠けていたものを、ようやく見つけ出したのだという歓びにも、その声はみちている。「お前たちの理論は全く理解できない。二人でひとりなのは、双子だけでいいじゃないか」「だめだよ。だって私たち昔は、お母さんのおなかの中で一緒にいたじゃない」「俺はお前たちよりも八年ぐらい早くそこから脱出してる」、最初からひとりだったんだ、だから今のままで良い、と臨也は妹たちの頭に手を置いてやりながら諭すように言った。彼がそんな物言いをするのは、本当に焦っている時だけなのだと、彼女たちが知らない筈なんてないのに。
「とりあえず、三人でお風呂に入ろうよ」
「なんで。嫌だ」
「生まれるところから、やり直すんだ」
 姉妹はいつも二人で入浴する。彼女たちが子どもだった頃、湯船にふたりで潜って、どれだけタイミングをあわせてそこから顔を出すことができるか、というお気に入りの遊びがあった。熱い湯の中で目を瞑り、お互いの手だけを握って、心の中でカウントダウンを唱える。さん、にい、いち、ざばん。いつだって、彼女たちは同時に水面から顔をだした。「出産ごっこっていうの」。舞流は兄に説明する。イザ兄もいっしょにやろう。三人で同時に生まれられたらきっと素敵。
「嫌だ」
 なぜ、どうして、と食い下がる彼女たちの頭に置いていた手を退いて、臨也はそっと息を吐いた。「誰かと風呂に入るのは嫌なんだ。一人でしか入りたくない」。苦しい言い訳だと自分でも思ったけれど、案外、妹たちはあっさりとそれを受けいれてくれた。一体なにが良くて、どういうのが駄目なのか、彼にはまるで分からない。
「じゃあ、三人で寝よう。ねえ、いいよね?」

 シーツの中に兄妹三人で潜り込む。変なことするなよ、と臨也が釘をさすと、泣き止みはしたけれど赤く腫れた目もとで、妹たちは笑った。ねえセックスってどうやるのか知ってる? くすくす笑いに、兄はわかりやすく顔を顰めて盛大にため息をついた。「眠いんだよ。遊ぶんなら早くしろ」、不機嫌な臨也の声に、それでも九瑠璃と舞流は、嬉しそうに笑ってはしゃいだ。シーツの中にもぐりこんで、同時に顔を出す、そのあそびに、兄が付き合ってくれるというので、彼女たちは、ようやく心の平安を得たようだった。
 真っ暗な視界の中で、手さぐりでそれぞれの手を探しだし、ぎゅうと握る。それらは、あつくも、つめたくもない。彼らの体温は、シーツの下でようやくひとつになっている。ここへやってくるまで、随分時間がかかったなあ、と誰からともなく、そんなことを思っていた。今までに味わったことのない、それでもどこか懐かしくもある、不思議な感覚だった。
「イザ兄、こんな、おじさんになるまでひとりぼっちにしちゃって、ごめんね」
「…まだ二十八なんだけど」
 兄の抗議に、ふたりはおかしそうに笑った。「ごめんね、ありがとう」。ほんとはね、さみしかったの、わたしたちのほうなのよ。
作品名:シーツの中の胎盤 作家名:浜田