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【小話】再会 【近未来】

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テーブルの上に乗せられた小さな箱。中には光る指輪が一つ。
どうしてだろう。嬉しいはずなのに笑えない。
早く早く、ありがとうって言わなくちゃ。これからずっとよろしくって言わなくちゃ。
「ごめん。まだ結婚とか考えられないの。」

私の唇は、頭の中とはまったく別の言葉を吐き出していた。

自分の家で暫く自己嫌悪に浸る。
別れ際に
「君がその気になるまで待つよ。だからあせらないで。」
と言って去った彼の事を考える。
優しい、良い人なのに。彼の笑うと頬を掻く癖とか、はしの使い方が綺麗な所とかが好きで、結婚したらきっと私は幸せになれるのに。
それなのに、この心の奥を流れる冷たい風は何なのだろう。
幸せな自分を想像できないのは、何でだろう。

答えの出ない問いかけに疲れた頃、一枚の葉書に目が留まった。
ダイレクトメールに混ざっていたそれは、雲と空と海の絵が描いてある。
言葉はたった一行。
「一度でいいから貴女に会いたい。」
差出人は20年前に家を出て行った母だった。

私を捨てた女などに今更会う必要などないけれど、それでも、お前がいなくなったせいで大変だったのだと、私が味わった苦しみの1%でも解ってくれと文句を言ってやろうと私は電車に乗った。

着いたのは小さな白い無人駅。
白い砂浜の向こうにはどこが境界なのかわからない青い海と空が広がっていた。

そこから道を行く人を引き止めては住所を尋ね、たどり着いたのは緑に囲まれた白い医療研究施設だった。

あの女のことだから普通の家かアパートに住んでいると思っていたのに。
こんな施設に自分のような一般人が入れるわけがない。帰ろう。
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
いや、私はあの女に文句を言いに来たのだ。だいたい『会いたい』と言ってきたのはあちらなのだ。これで追い返されたらこちらから(もともと無かったようなものだが)親子の縁を切ってしまえば良い。

怒りを勢いに変えて、私は自動ドアを潜った。
私のような突然の訪問者に慣れているのか受付はいかにも人好きそうな笑顔を浮かべて対応してくれた。
「係りの者を呼びますので、そちらのソファで少々お待ちください。」
待つこと10分。
私の前に現れたのはウェディングドレスを身に纏った青いボーカロイドだった。
「ああ、葉書を読んでいただけたのですね。ありがとうございます。本当に、来ていただけて嬉しいです。」

柔らかい、低めの声が耳をくすぐる。
がっつりとした肩から筋肉の締まった二の腕が続きその先には絹の手袋がパツパツに引きつって悲鳴を上げている。
本来ならば女性の柔らかい膨らみが納まるべき胸元からは、パットのかわりなのか大量のティッシュペーパーが詰められドレスの襟からはみ出ている。
フワフワのスカートに隠れている下半身は(ヒールに慣れていないのであろう)小刻みに震えている。
男にしては整いすぎている、美しい顔。櫛を通す必要も無いほどサラサラの青い髪の上には白く輝くティアラが載っている。

誰がどう見てもそれは、ボーカロイド「KAITO(男性型)」である。
何で自分はこんな所に来て女装したボーカロイドを目にしなければならないんだろう。
ああ、これは夢なんだな。うん、きっと夢だ。

現実逃避に走った私の意識はKAITOに強く肩を揺さぶられて戻ってきた(このとき、ドレスのどこかからビリッと音がしたのだが聞かなかったことにしておく)。
「落ち着いて聞いてくださいね。俺がこんな格好をしているのはマスターである貴女のお母さんの希望だからです。」
衝撃の告白に、私の意識はどこかへ飛んでいった。

意識を取り戻した時、周りには医師や看護婦がいて(やっぱりウェディングドレスのKAITOもいて)現状を説明してくれた。
母は脳の病気を患っているということ。
そのために、過去のさまざまな時間の中を行ったりきたりしているのだということ。
現実は認識されず、母の妄想の世界で生きている場合も多いのだということ。
母には周囲の人間が昔の知り合いや妄想の中の住人に見えているということ。
KAITOは母の病気を治療するための実験として、母の妄想にどこまでも付き合っているのだということ。
KAITOが介護に当たってから、母の病状は安定してきているということ。

つまり、母は私を見ても自分の娘だとは判らないということ・・・。
それは私が何を言っても母には通じないということだ。私は何のために意を決してここへきたのか。
呆然とした私をKAITO(しつこいがウェディングドレス姿である)が支えた。
「どうかお母さんに会っていただけませんか?」


日のあたる中庭で、母は椅子に座って微笑んでいた。
アルバムに残っていた写真より白髪が増えて、太っていた。
KAITOが母の眼前に進み出る。
母は感嘆のため息をついた。
「綺麗よ。貴女がこんなに素敵になるなんて。今まで会えなかったのが本当に悔しいわ。本当に、貴女の成長を見守りたかったの。貴女が泣いているときは抱きしめたかった。貴女が辛いときは一緒に苦しみたかった。お誕生日をお祝いして、クリスマスに一緒にケーキを作って、入学式で写真を撮って卒業式で泣いて、貴女とたくさん話したかった。一緒に買い物もしたかった。
ごめんね。今まで会えなくて。もう私は貴女に必要ないでしょうけど、幸せになって。」
母が泣きながら、泣きながらKAITOの頬に両手で触れる。
母の手にKAITOの手が重なる。少し高い声が発せられる。
「お母さん。ありがとう。せっかく再会できたんですもの。これから一緒に取り戻しましょう。一緒に買い物に行きましょう。たくさん話してたくさん笑いましょう。」

それはまばゆいばかりの親子の再会劇だった。あまりの嘘っぱちに吐き気がした。
耐え切れずその場から去ろうとした時、母がこちらを向いた。
「お友達ですか。あの子は良い子でしょう。私はふがいない母親で、離婚の時にあの子とは会ってならないと決まってしまったんです。だからあの子は父親の元で随分と苦しい思いをしたんですよ。私も苦しかった。あの時、あの子を連れて逃げたのに結局主人に見つかって連れ戻されてしまって。結局あの子を置いて出るしかなかったんです。
さびしい思いをさせました。でも、あの子はこれから幸せになるんです。今までの辛い分、幸せになるんです。どうかこれからもあの子をよろしくお願いします。」
私の手を取り泣く母親を、私は振切れなかった。


小一時間続いた「お芝居」の後、KAITOに手渡されたのはメモリー端子だった。
「今日は来ていただいてありがとうございました。これは俺の付けた介護日誌です。もし良かったら見てもらえますか。それで、良かったら・・・またマスターに会いに来てはいただけませんか。」


メモリー端子に入っていたのは、今日のような「お芝居」の映像だった。
学校に入学する私に扮するKAITO。卒業する私に扮するKAITO。クリスマスにこっそり母に会いに行く私に扮するKAITO。成人式を迎える私、泣く私、怒る私、笑う私、私、私、私・・・・・・。
それらは再会のシーンであったり、母と共に暮らす私であったり、全てが「私と関わる母」の物語だった。