帝人くんが心配性!
帝人くんが心配性!
ひとりよがりだな、とセルティは思った。PDAに心の声はうつらない。
新羅は語っていた。
しょうがないよねえ、静雄は。あいつは愛し方なんて知らないからね。あいつが今まで誰とも付き合ったことがなかったわけじゃないよ?ただね、愚かな女はね、みんな夢を見ちゃうんだ。あいつは悪い魔法を受けた王子様で、本当の姿は野獣なんかじゃないんだってさ!馬鹿だよね。見えやすい結果ばかり見て、原因を考えないなんて。だから、自分だけは守ってもらえるとか勘違いをするのさ。あいつの特別になれば、あいつから傷つけられることはないなんてね!あいつの異常性は、身体なんかじゃなく、自分の身体をそこまで進化させた精神、身体の限界にさえ抑えられない衝動にあるんだよ。つまり、あいつがキレたら、そこには見境がない破壊しかない。だから自分なら止められるとか思い込んだ子たちが、静雄に近づいては現実を知って去っていった。賢い判断だよ。ただ、近づく前にそれに気づけたら、自分自身も静雄も傷つかないで済んだのにねえ。そういう意味では、帝人くんは奇跡的な事例だね。自分の力を過信しない。危ないときには近寄らない。だから、彼に対しては、静雄は加害者にならなくて済む。敵意も暴力も介在しない穏やかで理想的な関係さ。だけど、他人との関係なんて外からの干渉で瞬く間に壊れてしまう。何度も一方的な別れを突きつけられた静雄は、それをよく知っている。なら、外の世界を完全に遮断してしまえばいい。単純な理屈だね。逃がさないように閉じ込めて、世界を二人で完結させてしまえばいい。唯一の問題は、変化とは内側からも起きるものだという点が意図的に無視されているってことかな。
人ではないセルティに人の愛し方などはわからない。だが、人を拉致監禁することが異常だという認識はあった。生まれたての雛を守るように帝人に接する静雄に行き過ぎなのではないかと思っていたし、それを「静雄さんだから」と受け流してしまう帝人の態度にも違和感を感じていた。長々と鬱陶しい恋人の理屈は、何の解決策ももたらしてはくれなかったが。
セルティの友人の竜ヶ峰帝人を監禁していると、先日、衝撃的な告白をしてくれた新羅の旧友であり、セルティにとっても友人である男は、今セルティの隣で延々とその幸せを語っている。
「竜ヶ峰がさあ、「おかえりなさい」って出迎えんだぜ。エプロンつけて、「ごめんなさい、ご飯まだできてなくて」って。なんだこの楽園っつうか、いや、俺はあいつに家政婦させるために連れてきたわけじゃねえぞ。あいつが「居候で何もしないのは気が引けます」ってやってくれんだ。風呂もなんかきれいになってるし、感動するしかねえだろ。くるくるちまちました動きが、こう、小動物系で、」
帝人はいい嫁になりそうだな。
もはや意味不明な惚気に付き合う律儀なデュランハンは、自分の料理の腕を思い返しながら、思った。
※
静雄が帝人を拉致監禁したと聞いたとき、新羅が述べた繰り言は上の通りだった。そして、セルティは未だ戸惑っている。
静雄のそれは、新羅が愛と呼ぶものによく似ていたが、静雄はそれをわかっていない。そして、帝人は、何が引き金となったのかを理解していない。だが、セルティはそれを二人に告げるべきか否かについては、未だ結論を出せていない。静雄は帝人を監禁し、その後どうしたいかを微塵も考えていない。ただの衝動だ。静雄が自分の感情を正確に理解したとき、何が起きるのか。平和的に収まればいいと願っている。だが、根本的な二人の食い違いに、それは叶わないと予感していた。
帝人が茜からの電撃を浴びて新羅の家に運び込まれた時のことはセルティもよく覚えている。扉を蹴破って現れた静雄の蒼白な顔。遅れて到着した茜の泣き出しそうな悔恨の表情。ごめんなさいとうわ言のように繰り返す少女の声に、耐えるように握りこまれた男の拳。目を覚ました帝人の一人平然とした様子。下手をすれば一生モノの欠陥を抱えて生きていくことになったかもしれない。その危険性を聞かされても、全く揺らいだ気配を見せない帝人を、信じられないと言うように見つめる静雄と茜の顔も。一番異様だったのは、事の顛末を聞かされた時に、帝人が浮かべた笑み。あの輝く目は、かつてヘルメットを脱いで見せたセルティに向けられたものと同じものだ。それに静雄が何を思ったのかは、セルティの知るところではない。だが、非日常への渇望の余り自分の身が傷つくことも厭わない、帝人の危うさが、静雄に危機感を植えつけたのだろうと思っている。
あれから、静雄は常時不機嫌さを隠さなくなった。多くの人間にとって幸運だったことに、池袋中を破壊し尽くす前に、静雄はその原因に気づいた。帝人に頻繁に連絡を取り、その無事を確認したその後の数時間程はイライラはどこかへ放られ、帝人と顔を合わせた日は公共物の破壊も起こらなかった。
だが、それも臨也の接触を知るまでの話だった。
イザヤの野郎が人に関わろうとするときは、ロクなことにはなりゃあしねえ。何度も言ってんのに、帝人は「あの人はちょっとおかしいですけど、良い人なんです」とか言いやがるし。騙されてるっつっても聞きやしねえ。あのノミ蟲は他人を傷つけることを楽しんでやる糞野郎だ!俺が、俺が守ってやらねえと、あいつが何するかわかったもんじゃねえ!あんなやつに、帝人を触らせてたまるか!
そう息巻いていた静雄が、苛立のあまりへし折った標識は数知れない。へこんだガードレールといい、ねじ曲がった標識といい、池袋の道路はドライバーには危険な街になってしまった。
心配だ心配だと言いながらストーカーじみていく行動を止めるべきか、友人思いのデュランハンは悩んだ。だが、静雄が帝人に会いに行く度、ほわりと和む二人の雰囲気が無粋な横槍を拒絶していた。傍目から見れば異様だが、もしかしたら当人たちには、あれも幸せの一種なのかもしれないと思っていた。
だから、友人が監禁されているという現状にも身動きが取れずにいる。
※
静雄の惚気話を右から左へと聞き流しながら悩みに悩んだ末、誤解があるなら解いた方がいいという結論に至り、セルティは画面に文字を綴った。
『今更かもしれないが』
「なんだ?」
『静雄は、誤解してるんじゃないか。帝人は非日常が好きなんだ。茜の時も、嬉しそうに笑っていたのは単に非日常を楽しんでいたからで、危険が好きなわけじゃないんだぞ』
「何言ってんだ、セルティ。あん時、あいつは絶望していただろうが」
もしセルティに首から上があれば、目を見張っただろう。それほど、その単語は理解の範疇外にあった。
「あんなにキラキラ笑ってんのに、痛そうで悔しそうで一人ぼっちで、今にも自分で自分を殴りたそうにしてて、何っつーか、俺がキレちまった後に似てる感じがしたな。だから、あいつにあんな顔をさせるもんなら全部いらねえだろう。俺はあいつがいればいいし、あいつだって非日常がほしいなら、俺がずっと傍にいてやればいい。俺はあいつを傷つけない」
やはり、ひとりよがりだなとセルティは思った。
静雄さんがダラーズを抜けました。
淡々と告げた少年の声は、首なしライダーだけが知っている。
ひとりよがりだな、とセルティは思った。PDAに心の声はうつらない。
新羅は語っていた。
しょうがないよねえ、静雄は。あいつは愛し方なんて知らないからね。あいつが今まで誰とも付き合ったことがなかったわけじゃないよ?ただね、愚かな女はね、みんな夢を見ちゃうんだ。あいつは悪い魔法を受けた王子様で、本当の姿は野獣なんかじゃないんだってさ!馬鹿だよね。見えやすい結果ばかり見て、原因を考えないなんて。だから、自分だけは守ってもらえるとか勘違いをするのさ。あいつの特別になれば、あいつから傷つけられることはないなんてね!あいつの異常性は、身体なんかじゃなく、自分の身体をそこまで進化させた精神、身体の限界にさえ抑えられない衝動にあるんだよ。つまり、あいつがキレたら、そこには見境がない破壊しかない。だから自分なら止められるとか思い込んだ子たちが、静雄に近づいては現実を知って去っていった。賢い判断だよ。ただ、近づく前にそれに気づけたら、自分自身も静雄も傷つかないで済んだのにねえ。そういう意味では、帝人くんは奇跡的な事例だね。自分の力を過信しない。危ないときには近寄らない。だから、彼に対しては、静雄は加害者にならなくて済む。敵意も暴力も介在しない穏やかで理想的な関係さ。だけど、他人との関係なんて外からの干渉で瞬く間に壊れてしまう。何度も一方的な別れを突きつけられた静雄は、それをよく知っている。なら、外の世界を完全に遮断してしまえばいい。単純な理屈だね。逃がさないように閉じ込めて、世界を二人で完結させてしまえばいい。唯一の問題は、変化とは内側からも起きるものだという点が意図的に無視されているってことかな。
人ではないセルティに人の愛し方などはわからない。だが、人を拉致監禁することが異常だという認識はあった。生まれたての雛を守るように帝人に接する静雄に行き過ぎなのではないかと思っていたし、それを「静雄さんだから」と受け流してしまう帝人の態度にも違和感を感じていた。長々と鬱陶しい恋人の理屈は、何の解決策ももたらしてはくれなかったが。
セルティの友人の竜ヶ峰帝人を監禁していると、先日、衝撃的な告白をしてくれた新羅の旧友であり、セルティにとっても友人である男は、今セルティの隣で延々とその幸せを語っている。
「竜ヶ峰がさあ、「おかえりなさい」って出迎えんだぜ。エプロンつけて、「ごめんなさい、ご飯まだできてなくて」って。なんだこの楽園っつうか、いや、俺はあいつに家政婦させるために連れてきたわけじゃねえぞ。あいつが「居候で何もしないのは気が引けます」ってやってくれんだ。風呂もなんかきれいになってるし、感動するしかねえだろ。くるくるちまちました動きが、こう、小動物系で、」
帝人はいい嫁になりそうだな。
もはや意味不明な惚気に付き合う律儀なデュランハンは、自分の料理の腕を思い返しながら、思った。
※
静雄が帝人を拉致監禁したと聞いたとき、新羅が述べた繰り言は上の通りだった。そして、セルティは未だ戸惑っている。
静雄のそれは、新羅が愛と呼ぶものによく似ていたが、静雄はそれをわかっていない。そして、帝人は、何が引き金となったのかを理解していない。だが、セルティはそれを二人に告げるべきか否かについては、未だ結論を出せていない。静雄は帝人を監禁し、その後どうしたいかを微塵も考えていない。ただの衝動だ。静雄が自分の感情を正確に理解したとき、何が起きるのか。平和的に収まればいいと願っている。だが、根本的な二人の食い違いに、それは叶わないと予感していた。
帝人が茜からの電撃を浴びて新羅の家に運び込まれた時のことはセルティもよく覚えている。扉を蹴破って現れた静雄の蒼白な顔。遅れて到着した茜の泣き出しそうな悔恨の表情。ごめんなさいとうわ言のように繰り返す少女の声に、耐えるように握りこまれた男の拳。目を覚ました帝人の一人平然とした様子。下手をすれば一生モノの欠陥を抱えて生きていくことになったかもしれない。その危険性を聞かされても、全く揺らいだ気配を見せない帝人を、信じられないと言うように見つめる静雄と茜の顔も。一番異様だったのは、事の顛末を聞かされた時に、帝人が浮かべた笑み。あの輝く目は、かつてヘルメットを脱いで見せたセルティに向けられたものと同じものだ。それに静雄が何を思ったのかは、セルティの知るところではない。だが、非日常への渇望の余り自分の身が傷つくことも厭わない、帝人の危うさが、静雄に危機感を植えつけたのだろうと思っている。
あれから、静雄は常時不機嫌さを隠さなくなった。多くの人間にとって幸運だったことに、池袋中を破壊し尽くす前に、静雄はその原因に気づいた。帝人に頻繁に連絡を取り、その無事を確認したその後の数時間程はイライラはどこかへ放られ、帝人と顔を合わせた日は公共物の破壊も起こらなかった。
だが、それも臨也の接触を知るまでの話だった。
イザヤの野郎が人に関わろうとするときは、ロクなことにはなりゃあしねえ。何度も言ってんのに、帝人は「あの人はちょっとおかしいですけど、良い人なんです」とか言いやがるし。騙されてるっつっても聞きやしねえ。あのノミ蟲は他人を傷つけることを楽しんでやる糞野郎だ!俺が、俺が守ってやらねえと、あいつが何するかわかったもんじゃねえ!あんなやつに、帝人を触らせてたまるか!
そう息巻いていた静雄が、苛立のあまりへし折った標識は数知れない。へこんだガードレールといい、ねじ曲がった標識といい、池袋の道路はドライバーには危険な街になってしまった。
心配だ心配だと言いながらストーカーじみていく行動を止めるべきか、友人思いのデュランハンは悩んだ。だが、静雄が帝人に会いに行く度、ほわりと和む二人の雰囲気が無粋な横槍を拒絶していた。傍目から見れば異様だが、もしかしたら当人たちには、あれも幸せの一種なのかもしれないと思っていた。
だから、友人が監禁されているという現状にも身動きが取れずにいる。
※
静雄の惚気話を右から左へと聞き流しながら悩みに悩んだ末、誤解があるなら解いた方がいいという結論に至り、セルティは画面に文字を綴った。
『今更かもしれないが』
「なんだ?」
『静雄は、誤解してるんじゃないか。帝人は非日常が好きなんだ。茜の時も、嬉しそうに笑っていたのは単に非日常を楽しんでいたからで、危険が好きなわけじゃないんだぞ』
「何言ってんだ、セルティ。あん時、あいつは絶望していただろうが」
もしセルティに首から上があれば、目を見張っただろう。それほど、その単語は理解の範疇外にあった。
「あんなにキラキラ笑ってんのに、痛そうで悔しそうで一人ぼっちで、今にも自分で自分を殴りたそうにしてて、何っつーか、俺がキレちまった後に似てる感じがしたな。だから、あいつにあんな顔をさせるもんなら全部いらねえだろう。俺はあいつがいればいいし、あいつだって非日常がほしいなら、俺がずっと傍にいてやればいい。俺はあいつを傷つけない」
やはり、ひとりよがりだなとセルティは思った。
静雄さんがダラーズを抜けました。
淡々と告げた少年の声は、首なしライダーだけが知っている。