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Kanashi

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見慣れた天井が、いつもより高く感じた。のは、どう考えても気の所為ではなかった。
「……どうした?」
 天井へと向けていた視線を、ほんの少し横にずらせば、この不可解な状況をもたらした相手の顔が窺えた。
 光を浴びて一層輝きを増した金髪に、いつもはサングラスに隠されている整った顔立ち。弟が芸能人だということもあり、目を留めるには十分な容姿を彼はしていた。けれどそれも――今は台無しだ。
 普段は喜怒ばかりが目立つ顔は、どうしてだか今は哀一色に染められていて、思わず手を伸ばしたくなる。出来なかったけれど。両腕は、動かすことが許されない状態だったので。
 ソファに縫い止められた両手首が、ギチリと不穏な音を立てる。何か、間違いを犯しただろうか。決して長いとは言えない付き合いだが、それでもこの不安定である意味繊細な部下とは上手く付き合えていたと思う。自惚れでは、なく。
 自分でも気付かない内に、地雷を踏んでしまったのだろうかと頭を悩ませても、それは無駄な行為だと本当は分かっていた。もし、目の前にいる相手の気に障ることをした場合、悠長にソファに寝そべってなどいられないからだ。好きでこうしているわけではないけれど。
 こうなったのは、一体何故か。怒らせてはいないが、動揺させたのは疑いようもない事実で、そうなった原因は何なのだろう。今日は珍しく仕事がスムーズに進んで、その後は此処で軽い打ち合わせのようなことをしていただけだった筈……なのだ。それなのに。
「すみ、ません……っ」
 ただそれだけだった筈なのに、どうしてこうも辛そうな顔をしているのか。まるで、今すぐにでも降り出しそうな曇天のような。
 これでは、どちらが加害者なのか分からない。そんなことを思いながら、心を落ち着かせようと努める。どちらにせよ、相手が立ち直ってくれなければ自分はずっとソファと仲良くする羽目になるのだから。
「それで、一体どうしたんだよ?」
 あくまでも、いつも通りに。何にも気にしてはいないんだと、そう伝えるように。笑う。呆れたように。
「……てないで、下さい」
 けれど返って来たのは、より一層の痛みと胸を締め付けられるような涙声。大きな瞳が揺れる様を見るのは、とても苦しい。いつものようにサングラスをしていたなら、きっと気付くこともなかっただろうに。
「捨てねぇよ……?」
 何を、と相手は言わなかったから、誰を、とも言わなかった。
「俺、ちゃんと……やりますから、だから……」
 先程の打ち合わせで、今度新しい人間が入って来ると告げた。これでちょっとは楽になるな、と言ったことを思い出す。あの時の言葉に、深い意味は無かった。ただ、人員が増えれば休みも増えるだろうと、そう思っただけのこと。
 お前はもう要らないよ、なんて、そんなことを言ったつもりなどなかった。思ったことすらないのだから。
 けれど、今、泣き出しそうになっている相手は、そうは思わなかったのだろう。彼は、良くも悪くも己の『力』を自覚している。それが、役立つことも迷惑を掛けることもあると、分かっている。悲しいくらいに。
 まるで、昔に戻ってしまったようだ。暴力を振るいたくなくて、でも、そうすることでしか存在意義を見出だせなかったあの頃に。
 一緒に昼食を摂ったり、放課後に寄り道をしたり、そんな他愛のないことに対して、妙な憧れを抱いた子供だった。焦がれていて、手を伸ばしたくて、でも、そこに居る資格は無いのだと、諦めているような。
 何てことのない日常に、夢を抱いていたように思う。そんなことは、今まで一度も聞いたことはなかったけれど。ただ、不意に表情が曇る瞬間が、あって。此処に居てはいけないのだと、そう自らに言い聞かせているように、見えた。
 本当は、居たいと思っているくせに。
「…………馬鹿だな」
 悲しいくらいに、馬鹿な人間だと思う。今までの人生を無駄に過ごして来たとしか思えない。
 お世辞にも『普通』とは呼べない自分を好いてくれる相手なんて、いないと思っている。家族か、同類しか、いないと思っている。
 そうでは、ないのに。標識を引っこ抜けなくても、怪我が直ぐに治らなくても、ちゃんと好いてくれる相手は、いるのに。
 それなのに、そのことに何時まで経っても気が付かないから、こんな人間に縋る羽目になるのだ。昔、ちょっと優しくされただけで。刷り込みのように。
 嗚呼、けれど、硝子のように強くて脆いを創り上げたのは、一体誰か。ジクジクと今も尚心を蝕む呪いをかけたのは、誰?
「そんな顔すんな。俺がお前を捨てるわけねーだろ」
 抱き締めることが出来たら良いのにと思う。言葉はとても、もどかしい。けれど、結局押さえ付けられた両腕は解放されないままだったから。
「トムさん、俺……っ」
 続けられる言葉が何だったのか、分からない。一生分からないままで良いとも思う。
 この気持ちが少しでも伝わるように、彼を苦しめる呪いが解けるようにと、ただそれだけの為に口付けたのだから。
 だけど、少しだけ、思う。固まったまま大人しくされるがままになる相手を見ながら。本当に、相手は自分で良かったのかと。
 厚意よりも、好意を選んだ。その方が、確実だと思ったから。何よりも正しく、伝わると思ったから。王子は自分だと、そうはっきり胸を張れなくても。
「……静雄」
 呼び慣れた名を、今までとは違った気持ちで呼んだ。期待するように、乞うように、試すように。
 果たして呪いは解けたのか。それは、まだ、分からない。
作品名:Kanashi 作家名:yupo