ヤンキーとヲタクの恋
運命の出会いなんてそこかしこに転がっている。どんな些細な出会いだって人生は変わる。たとえば自慢の弟。たとえば恐ろしい幼馴染。鬱陶しい親戚だって。どんな奴だって、いなければ俺の人生は変わっていた。だが、この先どんな衝撃的な出会いをしようと、どれほど俺を変える人間に出会おうと、俺は断言する。頭から目の色まで底知れない燻る黒。これほど、この出会いが運命であれと願った人間は他にいない。鳴り響くのは第九。運命は勝ち取るもので、勝つためにはどんなに汚い真似をしたって許される。それは神の意思だからな。だからお前も受け入れろ。俺との出会いは最高の祝福だろう?
「ふざけないでください」
人の人生を変えるような出会いなんてそうそうない。運命の出会いなんて、なんて中二病。数年も経てば、思い込んだ自分が恥ずかしくて居たたまれなくなる。多少若ければ許される痛さだって、年食えばみっともなくてみじめだ。神の意思?手前勝手なことを。仮にあなたの神様とやらがそう言ったとして、それが私に何の関係があるのですか。ええ、確かに尊敬しています。お世話になった師ですとも。あなたがいなければ、私は自分の弱さに潰されていた。でも、私にとってのあなたが憧れであっても、あなたが私をそんな風に見るなんてありえない。フライパンが利きすぎて、気でも触れてしまったのか。気の毒に。もしもこれが気の迷いでないというならば、失礼ですがそろそろ本音を言ってもいいでしょう、あなたとの出会いは最大の災厄だった。
「ふさけんじゃねえよ」
※
画面の向こうはそんなに魅力的か。
目の前にいるものを忘れられるほど。
彼の作り出すものは素晴らしい。二次元はよくわからないが、機械も料理も文学も、大量生産品でさえ、比類ない芸術にへと変貌する。作品から溢れる、作り手の気迫。
取り囲む全てを作り変えた彼は、頂点を目指しもせず、もはや生き延びるために必死になる必要もない。その情熱の向かう先を用意しなくてはならないほどに、集中力も貪欲さも行き場を失っているのなら。
俺が奪ってかまいやしないだろう?
画面の向こうで無為に消えていく彼の熱情全て、彼が持て余す心を、余すところなく全て俺に向けさせてしまおう。
俺以外を忘れ、妥協せずに求め、欲望の全てを曝け出せよ。
「現実はいらないってことか?」
「現実あっての二次元ですよ。それを踏まえた上で二次元を二次元として楽しむ。ヲタクの原則です」
「意味ワカンネ」
「わかっていただく必要はありません」
こちらを振り向きもしない形のいい黒い頭を眺める。愛想笑いも放棄して、向けられた背中はあまりにも無防備だ。
運命は奪い取るもんだろ?
出会った瞬間から戦いは始まっていた。目を逸らしたお前に、勝ち目はない。
だから、とっとと諦めちまえ。
落ちて来い。抱きとめてやる。
いつまでだって待ってやる。この頑固者が受け入れるまで。
そして今はまだ運命を見逃した。
作品名:ヤンキーとヲタクの恋 作家名:川野礼